銀八連載

□それだけのこと
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気付いてしまえばあとは簡単だった。認めてしまえば何も怖くなかった。いや、やっぱりちょっと怖かった。胸の中でぐつぐつとしていた真っ黒なものがスッと溶けていってしまったような、縺れていた糸が解けたようなそんな感覚。でも本当は最初からわかってたのかも。あたしが考えようともしなかったからしまわれていただけの話で、ほんとはずっともっと前から感じていたのかも。まぁそんなことはどうでもいいんだけどね。自分の中で出来た結論に不思議と抵抗はなかった。



うるさい目覚ましの音で目が覚めた。洗顔料と間違えて歯磨き粉をあわ立てそうになった。朝ご飯はお馴染みのトースト。たまにはと思い苺ジャムを塗った。ローファーは最近小さくなってきたからつま先をトントンとしながら履く。朝独特の冷たい空気を肺いっぱいに詰め込みながら足を進める。いつも挨拶してくれる隣のおばさんは笑顔がほにゃりとしていて可愛い。日陰は寒いから太陽のあるほうを歩く。ブレザーに手を突っ込むと何日か前の友達からの手紙が出てきた。目の前をカラスが低く飛んでいった。不吉だけど朝の占いでは1位だったからあまり気にしない。校門では用務員さんが挨拶をしてくれる。いつものように踵の潰れた上履きに足を入れるとつま先がひんやりと冷たい。聞きなれたクラスメイトの挨拶に答えながら自分の席に鞄を下ろす。担任の話を聞き流しながら教室をぼんやりと見渡す。数学はあまり得意とは言えないから真面目にノートをとる。社会は聞いてると眠くなってくる。昼のことを考えながら授業時間を潰す。


これはいつもの日常だ。多少異なりはあるもののそのまんまの日常。でも何故だろう。なんというかよくわからないけど、きらきらしてるのだ。退屈だと思っていた毎日が輝いて見えた。これを友達に言ったら軽く冷たい目で見られた。休み時間はめんどくさいからといつも教室で過ごすのだが、最近は珍しく他クラスに出かけてみたり廊下で出会った後輩と話してみたり。その間も視線を動かすことを忘れない。気がつけばあの後姿を探していて、何度廊下を振り返ったことか。普段はあまり気にしなかった髪をいじってみたり、鏡をよく見るようになったり、座る時は足をそろえてみたり。とにかく自分でも信じられないぐらいにあたしの当たり前の日常が変わっていった。


沖田、あたしわかったよ。たくさん遠回りしたけど、ずっと見て見ぬふりしてきたけど、やっと気付いた。沖田がくれた言葉は本当に嬉しかった。嬉しかったけど、ちょっと違ったんだ。どんなにかっこよくても、お金持ってても、優しくても、誰もあたしのほしいものはくれないと思う。誰でもいいんじゃない。期待なんてしない。かっこつけかもしんないけど、ただ、この気持ちが少しでも伝わればいいなって思っただけ。銀八先生が、好き。今はこれだけで十分。






それだけのこと

(あたしの脳内には先生だけがいればいい)





080317


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