銀八連載

□にじいろかたおもい
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盛大な拍手の中、みんなのすすり泣く声が聞こえた。ほんとに、ほんとにもう終わってしまったんだ。退屈だと聞いていた校長先生の話も、いっぱい練習した合唱も、たくさん考えた別れの言葉も、全部終わってしまった。悲しいというより、虚しいという言葉の方が今のあたしにはぴったりだった。手中にある丸い筒をぎゅうっと握り締める。終わった、その言葉があたしの頭に響く。とたん熱いものがグッと胸にこみ上げてきた。目頭が熱い。数秒後、あたしの嗚咽はみんなのすすり泣く声に溶け込んでいった。



「うあーっ!もうやだあああ!」

「だぁーっうっせーな!泣くならクラス行け馬鹿!」

そう言われ頭を殴られた(酷い)それでも涙は止まってはくれなくて、痛さも混ざって逆に溢れるばかりだった。この痛みだってもう、感じることはないのかもしれない。あーもー考えないようにしてたのに。もうこの階段を登ることも、こうやって会うことも、頭叩かれることも、ふざけあって笑いあうこともないんだ。先生はまた違う人に出会って、違う人と笑いあって、違う人の頭を叩くんだ。あたしはなんてわがままなんだろう。それが嫌だ、だなんて。まるでお気に入りの玩具を取らないでと泣き喚く子供じゃないか。本当に鬱陶しいと思ってるなら先生はこうやって隣に居てくれる訳がない。そんな不器用な優しさが嬉しくて、悲しくてまた涙が溢れた。タオルももうぐしゃぐしゃ。顔もぐしゃぐしゃ。今のあたしはみっともない顔をしてるんだろうな。うう、と声を漏らすと先生はだーっと叫びあたし手からタオルを取ってぐしゃぐしゃと顔を拭き始めた。乱暴なところは相変わらずだ。てかちょ、痛い!

「いだぁ!ちょっ、先生雑!鼻もげる!」

「はいはい先生が綺麗にしてあげてんだから黙りなさい。」

やっとのことでタオル攻撃(?)から逃れると、ぜーぜーと乱れる息を整えた。叫びすぎたから少し喉が痛い。先生のせいだ。そういう意味を込めてキッと睨んでみたけど、先生はいつもみたいにニヤニヤしていた。きもいと呟くと、タオルを投げつけられた(ドS教師め)でもいつのまにか涙は止まっていて、やっぱり先生は凄いと思った。調子に乗らせたくないから口には出さないけど。あたしはその場を立ち上がりスカートについた埃を手で払うと、ぐっと両手を伸ばした。たくさん息を吸い込んで、溜めて、溜めて、吐き出す。視界に入ってくるお馴染みの景色に心も和む。パンツ見えんぞー、と言う先生にうっさい、と返すと窓をがらりと開けてみた。その途端ぶわっと入ってくる生暖かい風。ああ、もう春なんだと改めて実感する。あたしは目をこれでもかという程見開いて、この景色を頭に焼き付けた。絶対忘れるもんか。自然と手すりを握る手に力が入った。

「はー、泣いた泣いた。さーて、みんなあたしが居なくて寂しいらしいから早く帰らないと。」

「お前ってある意味羨ましい性格してるよな。」

「えっそれって褒めてくれてるんですか?」

「もーいいから早く行け。」

そう言って先生はしっしっとあたしを手で払う。失礼な、あたしは害虫扱いか。あたしはぐしゃぐしゃのタオルをポケットに突っ込むと、もう一度伸びをした。不思議と、もう悲しくなかった。なんでかな、先生ならあたしのこと、忘れないでいてくれる気がしたんだ。ねぇ、先生、あたしこの三年間とっても楽しかったよ。そりゃあたくさん泣いたり、悔やんだり、死にたくなった時もあったけど、そのぶん嬉しいことも、幸せだったこともたくさんあったから。先生は知ってるかなぁ。その思い出のほとんどは隣に先生がいてくれてるんだよ。だから頑張れたんだよ。あたしと先生を繋ぐものはもうなくなってしまうけど、あたしはもう泣いたりしないよ。先生にもらったたくさんの言葉が、あたしを支えてくれるから。あんなに下りることが怖かった階段を、あたしは一段飛ばしで降りていった。まるで風になったみたいに体も心も軽かった。あたしはくるっと振り返る。いつだってあたしの後ろには先生がいたよね。あたしは大きく息を吸い込んだ。

「銀八せんせー!」

「おー、何だー。」



「大好き!」












080322


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