美鶴は今、明彦の部屋に居た。
しかし、彼と談笑している訳でもなく、一緒に勉強をしたり本を読んだりしている訳でもなく、ただそこに居るだけ。
ただ一つ、明らかにおかしいのは、美鶴がメイド服姿で、ベッドに腰掛けている明彦の傍らに立っているという事。

そう、先日の中間試験の結果で、明彦は学年で三番という成績を取ったのだった。
さすがの美鶴もこれには驚き、何かの間違いではないかと思ってしまったが、約束は約束である。
明彦への褒美として希望を聞いたところ、『美鶴が一日俺の言う事を何でも聞く事』という回答であった。
実のところ、明彦の事だから、『プロテイン一ヶ月分』とか、『牛丼を毎日奢れ』とか、そういう要望を出されると美鶴は思っていたので、意外と簡単な要望に余裕の笑みを浮かべていたのだが…。

それが大きな誤算であり、この現状である。


「あっ、明彦!何でこんな格好をしなくてはいけないんだ!?」
このような格好をさせられて、美鶴が怒らないはずがない。
怒りと羞恥の混じった表情で、美鶴は明彦に問い詰めた。
「何でって、今日は美鶴が俺の言う事を何でも聞いてくれるんだろ?つまり、一日俺のメイドになって、色々と奉仕をするって事だ。メイドなら、ちゃんとそういう服を着てもらわないとな」
さも当然の如く、さらりと言ったうえに、明彦はにっこりと笑みを浮かべる。
しかし、一体どこからこんな衣装を手に入れたのだろうか。
「だからって、こんな…!」
「それと、今日は俺の事を『ご主人様』と呼ぶ事。あと、俺の命令には絶対に従う事。ちゃんと約束は果たしてもらうからな」
「うっ…」
“約束”という言葉に、美鶴は何も言い返せなかった。
約束を破るなんて、自分の理念に反してしまう。
明彦は、提示したこちらの条件をクリアしたのだから、彼の望みを叶えなければいけない。
「返事は?」
「………わかった」
返答を催促されて、美鶴はしぶしぶと了承の旨を口にすると、明彦は何かが違うといった感じで首を横に振った。
「違うだろ。メイドなんだから、メイドらしく言うんだ」
先程の様子とは変わって、やや凄みを含んだ口調で明彦にそう言われて、
「…かしこまりました。ごっ…、ご主人様…」
と、美鶴は大人しく彼に言葉を返した。



明彦がこんな要望を出したのには、以前にこんなことがあったからだった。
それは、試験が始まる一週間前の事。
明彦はリーダーと、お互いの恋人との過ごし方について話していた時の事。
「この間、誕生日だったんですが、ゆかりからのプレゼントがすごかったんですよ。何と、メイド服を着て、『一日専属メイド』をしてくれたんです!そりゃあもう、色々としてもらいましたよ」
やけに『色々』という箇所をリーダーは強調して、興奮気味に明彦に話をしていた。
「へぇ…」
明彦は、少し間の抜けた返事をリーダーに返すと、予想外に反応が冷たかったせいか、彼はムッとして口を尖らせる。
「何ですか、その関心のなさそうな返事は。もし、桐条先輩がメイド服姿で色んな事をしてくれたら、嬉しいと思いませんか?」
「美鶴がそんな事をするわけないだろう」
ある程度の頼み事くらいであればしてくれるかもしれないが、美鶴がメイド服を着るなんて事は有り得ない話である。
「誕生日とか、クリスマスとか、希望を聞いてくれる時にお願いしてみれば良いじゃないですか?先輩は興味ないんですか?桐条先輩がメイド服姿で、『ご主人様』って言ってくれたりとか、命令に従順なさまとか、いや、もっとすごい事を強要してやりたい放題に…!」
「お前なぁ…」
一人で盛り上がるリーダーを横目に、明彦は呆れるように言葉を零すが、ただ、関心があるかないかと聞かれたら、そこは彼も男である。
全く関心がないわけではない。
もし、何かの間違いで、普段決して見る事の出来ない美鶴の姿を見れるのなら、両手を上げて喜びたいところだ。
「機会があったら言ってみたらどうですか?」
そう言われても、明彦の誕生日は過ぎたばかりで、クリスマスにはまだ遠い。
そんな機会がくるのだろうかと思っていた矢先、この間の美鶴と順平の会話を聞いて、明彦は今回の事を思いついたのである。



最初は、美鶴にメイド服を着せて、食事を運んでもらうとか、肩を揉んでもらうとか、そういう事を頼もうかと思っていたのだが、初めて見るその姿があまりにも可愛らしく、また、恥らうところが無条件で明彦の男心をくすぐった。
それが自分だけの特権だと思うと、心の奥底でもっともっとと欲が渦巻く。

美鶴自身が、欲しくて欲しくて堪らないという欲望が…。

明彦は、今すぐにでもベッドに押し倒して美鶴を抱きたい衝動に駆られるが、今日という時間はまだまだあり、せっかく彼女が言う事を聞いてくれるのだから、その権利をじっくりと有効的に使うべきだと、自分に言い聞かせて何とか衝動を抑える。
「美鶴、今日はたっぷりと『奉仕』をしてもらうからな」
先程まで穏やかな表情であったのが一変し、明彦はにやりと笑みを浮かべながら、獲物を狙うような目で美鶴の頭から足元まで視線を送る。
ぞくりと、その視線に恐怖のようなものを感じ、美鶴は一歩後退りをするが、咄嗟に明彦に腕を掴まれ力強く引っ張られたかと思うと、ベッドに腰掛ける彼の足元に、両膝を床につく形で座らされる。
何をさせられるのかと、美鶴は不安そうに明彦を見上げると、
「ブラウスのボタンを外して、胸をはだけさせて」
彼は彼女の胸元を指差して、どこか楽しげにそう言った。
「なっ、何でそんな事…!」
瞬時に、美鶴は顔を真っ赤に染め上げ、訳のわからないこの要望に納得いかないといった感じでるそっぽを向くが、明彦に顎を捉えられ正面に向き直される。
「言っただろ。これは約束なんだから、俺の命令には絶対に従うんだ。反論は許さない。ほら、早くしろ」
「………」
再び、“約束”という言葉を出されて、美鶴はしゅんと俯いてしまう。
明彦との約束なのだから従わなくてはいけない。
美鶴は震える指で、一つ一つゆっくりとブラウスのボタンを外していくと、豊かな胸の谷間が現れた。
恥ずかしさで胸元を隠そうとするが、明彦に腕を取られてしまう。
「隠すな。…次に、服は着たままで、下着だけ脱ぐんだ」
腕を解放し、どこか期待に満ちた明彦の表情とは反対に、美鶴は困惑の表情を見せた






(本誌一部抜粋)

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