最近の美鶴は機嫌が悪かった。
とはいえ、本人がそう言っている訳でもなく、また、周囲に対してそのような態度を取っている訳ではない。



ただ一人の人物を除いては…。



原因は先日の下校時の事。
ふと正門横の木陰に目をやると、女生徒が明彦にラブレターを渡されているという光景が飛び込んで来たのだった。
女子の中でも明彦の人気は絶大なものだから、ラブレターを渡されたり、告白されたりといった事は特に珍しい光景ではないのだが、その相手が親交のあるクラスメイトであった事が美鶴の心を複雑にさせたのである。
いつもなら、そういった申し出を明彦は断っているので、何も心配する事はないのだが、今回ばかりは違う。
クラスメイトの女生徒は、美鶴の目から見ても親しみやすくて好感が持てる人柄だ。
だから、明彦もそういった面で彼女を気に入って、付き合い始めてしまったら…と思うと、苛立ちと不安に駆られてしまう。
とても平静ではいられなくなってどうしたら良いのかがわからず、その時点から美鶴の明彦に対する態度が妙によそよそしく、素っ気無いものになってしまい、周囲からは機嫌が悪いようだと見られてしまったのだ。



そんな中、美鶴と明彦の知らない間に、特別課外活動部の一部ではとある計画が密かに進んでいた…。



「何?旅行だと?」
ラウンジのソファで、美鶴が読書をしている時の事。
ゆかりと風花がやって来て、旅行の誘いを持ちかけてきたのだった。
美鶴は読んでいた本を閉じて、突然の申し出を不思議そうに思いながら二人の顔に目をやる。
「はい。実は、リーダーがポニアンモールの福引で旅行券を当てたんです。せっかくだから使おうって。……やっぱり、ダメ…ですか?」
言葉の後半はやや恐る恐るといった感じで、ゆかりは美鶴に尋ねた。
二人の気持ちはわからないでもないが、自分達にはやるべき事がある。
遊んでばかりはいられないのだ。
だが、だからといって後輩達の楽しみを奪う権利は美鶴にはない。
一日、二日の事ならば大丈夫だろうし、今の彼等であれば問題を起こすという事もないだろう。
「いや、行ってこればいいじゃないか」
「えっ?桐条先輩は行かないんですか?」
全く予想をしていなかった美鶴の回答に、ゆかりは驚きの声を上げた。
こういった事には厳しそうな美鶴だから、旅行自体を却下されるか監視役として付いて来るかと思っていたのだが、まさか自分達だけで行ってこいと言うとは。
「私はいい。一緒だと疲れるだろう?」
別に彼女らと旅行に行くのが嫌だというわけでもなく、気を遣っているわけでもないのだが、今はそういう気分になれなかった。
それを表に出そうとせず、少し笑いながら冗談っぽく美鶴が言うと、ゆかりと風花は慌てて首を横に振る。
「そんな…。みんなで行きましょう、先輩。その方がきっと楽しいですよ」
“みんな”という風花の言葉に、美鶴は肩をぴくりと震わせた。
そこには当然明彦も入るのだろう。
明彦とクラスメイトの件で、もやもやとしている気持ちを抱えたままでは、自分も楽しめないだろうし、もしかしたら後輩達に迷惑を掛けるかもしれない。
ならば尚の事、美鶴は一緒に行くわけにはいかないと思い、
「……コロマルを残すわけにはいかないだろう?」
何とかして寮に残ろうとして、コロマルを引き合いに出す。
さすがに動物は連れて行くわけにはいかないのだから、面倒を見る者が必要だ。
その役を、美鶴は買って出ようとしたのだが…。
「コロは俺が見る。安心しろ」
玄関の方から声がして三人揃ってそちらを見ると、ちょうどコロマルの散歩から帰ってきた真次郎が立っていた。
「そっか、荒垣先輩は用事があって行けないんでしたね」
すでに、真次郎に予定を聞いていた事を思い出したようにゆかりは言って、再び美鶴に視線を戻す。
「コロちゃんの件は、荒垣先輩が引き受けてくれますから大丈夫ですよね?」
「あ……」
満面の笑みで、念押しするようなゆかりの勢いに負けて、美鶴は言葉を詰まらせてしまう。
断る理由が見つからなくなってしまい、諦めて首を縦に振った。



結局、真次郎とコロマル以外のメンバーで、一泊二日の旅行へと行く事となったのだ。

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