長編小説1

□約束のひだまり 番外編〜追憶〜
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真っ暗な微睡みの奥――………。

遠くから聞き覚えのある声がする……。


「………ぃ………カ」


誰だっけ?

いつもこうやって頭に響く声で語り掛けてきた。…いや、怒鳴り掛けてきたの方が正しいか。


「……てる…か………」


誰だ?眠りを妨げようとするのは………。


「おい!レプリカ!!聞いてるのか!!!」

「…へっ?」


聞き覚えがありすぎてすっかり耳に焼き付いた声でルークは目覚めた。…というか気が付いた。

辺りは真っ白で何もない世界。あるのは目の前で眉間に皺を寄せて不機嫌丸出しの顔をしている赤毛の青年…、アッシュがいるだけだ。


「アッ…シュ……?」


死んだはずの彼が目の前にいるため、ルークはぽかんと口を開けて間抜けな顔になった。


「何度呼べば気が付くんだこのクズがっ!!」


耳に向かって最大限の声で叫ぶので、思わずルークは耳を塞いだ。


「何でアッシュが?ここは一体…」


ワケが分からないルークは辺りを見渡した。

見渡したところで何もない。


「ここは、お前の無意識の中だ」

「む…いし、き…?」


アッシュの言葉に首を傾げる。

自分の無意識の中ということはつまり、自分の中…?

夢か現か分からないルークの周りにはハテナが飛び交う。


「俺はお前の中にある記憶だ。お前の感情が安定したからこの無意識でお前に語り掛けることが出来た」


更にアッシュは続けるが、分からなくなる一方で飛び交うハテナも増える。


「ちょ…、ちょっと待て!…一旦整理してもいいか?いきなりすぎて何が何だか…」

「…あぁ」


少し嫌そうな顔をしたが、このまま話を進めても上手く伝わらないと判断したのか、アッシュは了解した。


「ここは俺の中なんだよな…?」

「そうだ」

「お前は俺の中にあった『記憶』なんだな?」

「あぁ」


ついさっき伝えたことを順に繰り返すので、アッシュは少しイライラした。

それが隠そうともせずに顔に出ていたが、ルークはそんなことを気にせずに続ける。


「何で今なんだ?俺の感情が安定したからって…」


ルークの言葉に更に眉間の皺を深めたが、仕方がない、というようにため息を吐くと、一から説明し始めた。


「俺はあの時死んだ。それはお前も知っているだろう。だが、俺の記憶は俺の中に残った。そしてお前は音素が乖離し、俺の身体に還った。俺は死んだから記憶のみが残り、お前が身体と共に意志を継いだ。残った俺の記憶はお前自身が無意識に閉じ込めたんだよ。お前も無意識にな」


ルークはただこくこくと頷きながら話に聞き入る。

アッシュは腕を組んで仁王立ちの状態で話を続けた。


「お前が無意識に俺を閉じ込めたのはお前の感情が安定してなかったから。一人生き残ったことにお前は悩んでたよな?それがお前自身の意志の自立を妨げた。お前自身の記憶と感情に俺の記憶もあって苦労しただろう。まるで水と油みたいに混じり合わなかったからな」


ルークは「そういえば」と言うように上を向いた。

ここ最近は特にそんなことも感じなくなってきているので忘れかけていた。


「それも最近は無いだろう。お前が自身の感情にケリを付けて自立したからだ。もう俺の記憶や感情に惑わされなくなったからな。それが安定したという奴だ」

「なるほど」


ポン、と手を打ってルークは納得した仕草をした。

しかしそのあと、大きく首を傾げてアッシュに聞いた。


「安定したのはわかったけど…。何でお前が?」


アッシュは暫くルークの顔をじっと見てから、以前の彼なら有り得ないような表情でふっと微笑んだ。


「安定したということは俺の記憶がお前の中にあって、溶け切ったということだ。…つまり、俺はもう消える」

「えっ?」


かつて自分が消滅という現実と隣り合わせでいた分、『消える』という言葉には過剰なほどルークは反応してしまう。

だが、今消えるのは自分ではない。

もう一人の自分――………。

今は別の存在としてそれぞれ認め合ったが消えない事実。

それだけになんとかならなかったのかとルークは嘆いていた。

…いよいよ、どうしようもない現実が突き付けられた。


「消えるったって…」

「あぁ。お前の“一部”になるだけにすぎない。俺はお前、お前は俺だ。俺は此処にいる」


そういってアッシュはルークの胸を指差した。

師を討つとき、自らがアッシュはここにいると指した胸を、今度はアッシュが指し示した。

ルークは顔を歪めた。


「そんな顔をするな。同情してほしくてお前を呼んだんじゃない」


少し横を向いてアッシュは言った。


「お前に伝えてほしいことがあるんだ…」

「伝えてほしいこと…?」


アッシュがルークに頼み事をするなんて、外殻大地が魔界に堕ちても有り得なかったことなのに、今目の前でそれが起こっていることにルークは一瞬目を丸くした。


「ナタリアに…、伝えてほしいんだ」


やや頬を赤く染めて、少し照れ臭そうにしながら言うアッシュが珍しく、ルークは小さく吹き出した。


「…あぁ。そうか、やっぱナタリアか」


吹き出したルークをアッシュは横目で睨んだが、唯一の弱みであるナタリアについてを握っているルークは強気の姿勢で臆さない。

悔しげではあったが、頼るすべがルークしかないアッシュは悔しさを飲み込んで伝えてほしいこととやらを口にした。


「約束を守れなくてすまない。お前は約束を果たしてくれたんだな、と」


その言葉を聞いてルークは不思議そうにパチパチと瞬きをした。

そしてふっ、と柔らかく微笑むと、ずっとナタリア本人から聞き続けてきた、アッシュへの思いと感謝の言葉を伝え返した。


「ナタリアはお前にありがとうって言ってたぜ。約束も守ってくれたとも…」

「ナタリア…」

「お前がそんな湿気たこと言ってたら、ナタリア悲しむぞ?…一番、最期までお前のこと信じてたんだからな」


アッシュの死を感じ取ったとき、泣き崩れたナタリアを今でも忘れられない。

また、自ら自分を自分の信じる道へ導いてくれたあのときの何とも言えない複雑そうな表情も………。

だからルークこそ伝えたかった。


「…ごめん。結果的に最後はお前の居場所を奪っちまって…」

「何だ今更急に」


突然のルークからの謝罪に今度はアッシュが目を丸くして苦笑した。


「もう奪われたなんて思ってねぇよ。…父上も母上も俺に帰ってきてもいいと言ってくれた。もちろんお前にもな。7年間、お前が俺に代わっている期間はあっても、俺の居場所は確かに残っていた。これは事実だ。それを認めないほど俺もバカじゃねぇ」

「アッシュ…」

「それにナタリアも俺のことを最期まで信じてくれていたんだろう?だったら俺の居場所は最期までちゃんとそこにあった。それで十分だ…」


満足気に微笑んでアッシュは手を差し出した。

その手を見て、一瞬ルークは意図がわからずに首を傾げた。

しかし、その意図を理解し、差し出されているのが左手であることにルークはハッと息を呑んだ。

息を呑む音が聞こえたのか、アッシュは言った。


「お前、左利きだろう?お前の敬意を評して、だ。…あと、最期の別れの挨拶だ」

「アッシュ…」


ルークはそっ、とアッシュの手を握った。

握れる。温もりも感じる。

嘘じゃない。アッシュの存在は此処にある…。

ルークの瞳から涙が溢れる。


「泣くんじゃねぇよ、だらしねぇ。そんなんであの女を幸せに出来るのか?」


ルークの今にも泣き崩れそうな情けない顔を見て、苦笑しながらアッシュは言う。


「う゛…」


アッシュの言葉にルークは溢れる涙を呑み込む。

空いている右手で呑み込みきれない涙を拭って今度は微笑んだ。


「ありがとう、アッシュ。俺、生まれてこれて良かったよ」

「俺も、俺のレプリカがお前でよかったよ」

「散々人のことクズ呼ばわりしといて?」


アッシュの言葉に少し意地悪く返す。

本当は、認めてくれて、よかったと言ってくれて嬉しいのだが。


「フンッ。始めはお前みたいな奴が俺のレプリカだなんて信じたくもなかったがな。…今のお前は認めてやるよ」

「ありがとう、アッシュ…」


しっかりと握り交し、手が離れた瞬間、まばゆい真っ白な光に包まれて目の前が何も見えなくなった。




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