長編小説1

□約束のひだまり〜序章〜
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「ルーク…」


ティアは、自らの涙で視界が霞む中、還ってきたルークの顔を見た。

ルークの顔を隠していた前髪は、渓谷を吹き抜けた風によって除けられた。


「?…!?」


その表情を真正面から見たティアは、思わず息を呑んだ。瞳に溜まっていた涙も一気に乾いた。

折角還ってきたというのに、ルークの表情は、悲しいものだった。

いや、悲しいなんてものではない。苦悩と苦痛に苛まれた表情だった。


「どうしましたの?ティア」


突然足を止めて茫然と立ち尽くすティアを訝しげに思い、ナタリアが覗き込んで声を掛けた。


「な、何でもないわ…。お帰り…なさい…ルー、ク…」


ティアの声も、喜んでいるというには程遠いものであった。


「あぁ…ただいま…」


答えたルークの声には、還ってきた喜びはなく、非常に冷めたものだった。

そのままルークは茫然と立ち尽くしているティアの脇を何も言わないまま通り過ぎ、ジェイドの立っているそこへと歩いていった。

その行動に、ティアの傍にいたナタリアはもちろん、歩み寄っていたガイ、アニスも驚いた。


「なっ…!?あれ、本当にルーク!?」


あまりにも予想外の行動に、アニスは声にあげて驚いた。


「あ、あぁ…。確かに、ルークなんだろうが…。何かが違うな…」


ガイも、あの時別れた友なのだろうが、雰囲気がまるで別人なことに、驚きを隠せなかった。


「ど、どういうことですの?わたくし達の待っていたルークなら、あんな冷たい返事はしませんわよ」

「この二年の間に、ルークには何かがあったんだろうな」

「じゃなきゃあのルークがあれだけでティアを無視して通り過ぎるわけないじゃん!」

「ティア…大丈夫ですの?」


依然、前を向いたままぼんやりしているティアに、ナタリアは心配して声を掛けた。


「えっ?えぇ、大丈夫よ。あれから二年も経っているのだし、ルークだって変わるわよ」


と、言ってみるも、強がっているのが見え見えなのか、三人の顔から心配の色が消えることはなかった。

ジェイドの脇を通り過ぎようとしたルークは、真横で立ち止まった。

それでもジェイドも、またルークもお互いを見ようとはしなかった。


「ジェイド、聞きたいことがある。今日はもう遅いから、みんなを連れて帰ってくれ。後日改めてお前のところに行く」


ジェイドの方を見もせずに伝えたルークの言葉を聞き、ジェイドは眼鏡の位置を直して応えた。


「わかりました。ところで、あなたはこの後どうされるんですか?このままファブレ公爵邸へ帰るつもりですか?」

「あぁ。どうせお前のことだから、俺のこと、死んだって伝えてないんだろ?なら、父上も母上もきっと待ってる…」

「おや。あなたにまで読まれるほどに成り下がってしまいましたか。ですが、待っていたのは私たちも同じだということを忘れないでくださいよ」


ジェイドの責めるわけでもなく、帰還を憂うわけでもない言葉に、ルークは頷きもせずに返した。


「わかってる。皆には、また改めて顔見せに行くよ。その前に、お前に聞いて解決しておきたいことがある」


それだけ言うと、ルークは一人、渓谷の出口に向かって歩きだした。

行ってしまうルークの姿を見て、慌ててナタリアは追い掛けようとした。

しかし、ジェイドはそれを手で制し、ナタリアはそれ以上ルークを追い掛けることは叶わなかった。



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