長編小説1
□約束のひだまり〜拒絶〜
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エンゲーブ北にあるローレライ教団の聖獣が住むとされているチーグルの森。
ティアに逢いにいこうと決意したルークだが、何故かここにいた。
逢うのを躊躇っているわけではない。
先程、ティアの故郷でもあるユリアシティに行ったところ、市長であり、ティアの義祖父でもあるテオドーロに、ティアは出かけていていないということを聞いたので、闇雲に探すのもよくないと踏み、ティアが一番行きそうなあそこへ行ってみて、とりあえず待ってみようと思い、そのついでに、チーグルの森に寄ったのだ。
よく考えてみたら、ミュウも、最後別れるときに、俺の還りを待っていると言っていた。
何だかんだで最後まで俺に付いてきてくれたんだ。
無事に還ってきたことの報告ついでに、顔を見せてやるか、と立ち寄ったのである。
(にしても俺、何でこんなに間が悪いんだろう…)
アニスのところへ行ったときも、丁度ティアは帰ったところだった。
やっぱり、心の何処かでは逢うのを躊躇っているのかもしれない。
(イオン…。そういやイオンと初めて話したのも、此処だよな…)
あの旅の道中で、自分達に道を示すために敢えて自らの命を途したイオン。
チーグルの森は、そんなイオンとの思い出がたくさん詰まった場所だった。
「確か、この辺に…、あ!あった!」
チーグルの森の奥に、一際大きな木があった。
チーグルの住みかとなっている大木だ。
ルークは、大木の根元に空けられた穴から、中へ入っていった。
「みゅ!?みゅみゅみゅーみゅ!?」
穴に入ると、ピンクや青や黄色の色とりどりのチーグルが、一斉にみゅうみゅう鳴きだした。
(…やっぱりうぜぇ)
みゅうみゅうばかりで、何を言っているかさっぱりで仕方がない。
そんな中、一匹の青色のチーグルが、前に出てきてルークに飛び付いた。
「みゅみゅみゅーみゅみゅー!」
「!?お前、ミュウか!?」
「みゅっ!」
ミュウは、「そうですの」と言うように、片手を挙げて返事をした。
「これはこれはルーク殿。よくいらしたな」
チーグルの群れから、薄紫色で眉(?)でチーグル特有の、円らな瞳が見えない族長が現われた。
「あ…、お久しぶりです…」
「ルーク殿が還ってこられたということは真であったか。ミュウにこのリングを渡そう。ミュウも、ルーク殿が戻られるのを心待ちにしていた。暫らく、ルーク殿に付いて出掛けることを許可しよう」
「みゅみゅみゅーみゅっ!」
またルークと出掛けられるということが嬉しいのか、ミュウは更にルークにしがみ付いた。
リングを族長から受け取り、改めてミュウはルークを見上げた。
「お帰りなさいですの、ご主人様っ!ミュウは、ずっとずっとご主人様を信じて待っていたですの!」
「…っ!?…い、いいから行くぞっ!これから、ティアを探しに行かなくちゃいけないからな」
ミュウの一途な想いを改めて聞き、思わず涙ぐみそうになったルークは、ミュウから顔を背けて、挨拶もそこそこにさっさと歩きだした。
「ティアさんに逢いに行くですの?」
ちょこちょことルークの足元を歩幅に合わせようと必死に付いていきながら、ミュウは首を傾げた。
そんなミュウを抱き上げ、いつものように肩に乗せ、ルークは答えた。
「あぁ…。戻ってから、まともにティアに逢ってないからな…」
「そうなんですの?ご主人様はティアさんが好きなんじゃありませんの?」
「ぶっ…!?お、おま…」
突然のミュウの思ったままの質問に、ルークは吹き出すと共に転けかけた。
「違いますの…?」
「い、いや…、違わなくは…ない…け、ど…」
ジェイドの言った通り、ミュウにもバレていたようだ。
「じゃあ、どうして逢いに行かなかったですの?」
「だーかーらー!これから逢いに行くんじゃねぇかっ!」
「みゅっみゅっみゅぅうぅうう〜〜」
ぐいぐいとミュウの袋状の耳を引っ張ってルークは言った。
引っ張られているミュウ本人はというと、痛そうながらも嬉しそうだった。
ルークにこうして怒られるのも、本当に久しぶりで、もともとルークのこの、ミュウをいじめていると取れる行為を、じゃれている、と感じていたミュウには、嬉しいことなのだろう。
「まぁ、色々悩んでたのやすれ違いもあったんだけどな…」
「そうだったんですの?でも、ティアさん今はどこにいるですの?ユリアシティですの?」
「ユリアシティにはいなかったよ」
「じゃあ、どこにいくですの?」
「タタル渓谷…」
ティアならそこにいるはずだと、何故か確証はないがそう思った。
そして、運が良くも悪くもあそこにティアがいれば、全てを素直に話せる気がした。
「ご主人様…?」
タタル渓谷を思い出すと同時に、自分が帰ってきた時のティアの表情が頭に浮かんだ。
帰ってきた…。その喜びの表情から、自分の顔を見た瞬間、凍り付いた彼女の顔。
それを思い、何とも言えない苦しさがルークを襲った。
アニスの言葉を疑っているわけではない。
それでも、あの表情を思い出せば、自分を受け入れてくれないのではないかとどうしようもなく不安になる。
「ご主人様危ないですの!!」
「へ?あ…おわわわわっ!!」
間一髪。ミュウの呼び声に我に返ったルークは、川に落ちるのを免れた。
ぼーっと考えていたら、うっかり川に向かっていたらしい。
「サ、サンキュー、ミュウ…」
勢い良く止まったため、バランスを崩しその場にしりもちをついた。
ふと、川の方へ目を向けると橋になるように向こう岸から倒れている大木が目に入った。
初めて、ミュウファイアで倒して作った道だ。
「ご主人様、大丈夫ですの…?こっちはライガさんのお家があった方ですの…」
そうだった。
ライガクイーンは、ミュウによって住みかを燃やされ、この森に住み着いてしまい、危険だからということで、自分とティアとジェイドで始末したのだった…。
結果的に、六神将妖獣のアリエッタの母親を殺ったこととなり、恨みを買うこととなった事件。
そうやって色々と思い返すと、この地も様々な事件の発端の地には違いない。
世界を救うために、変えるために自分は動いてきた。
でも、そのための犠牲も大きくて…。
もし、神というものが存在するのならば、きっと自分を生かしたのは多大な犠牲者を出したのに、自分だけ消えるのは卑怯だと、この命を繋ぎ止めたのかもしれない。
世界を救うための戦いで散った、アッシュの命を使って―…。
「ご主人様…」
俯いたまま何も話さないルークに、ミュウは哀しげな表情を見せた。
ティアに逢うのを躊躇っているのではなく、逢ってはいけないと思っているのかもしれない。
沢山の命をこの手に掛けてきた自分が、己の幸せのために愛しき人に逢うのは許されないと、思っているのかもしれない…。
それでも―…。
「ご主人様?」
突然立ち上がったルークに、ミュウは首を傾げた。
「ティアんとこ、行くか」
そう言って見せた笑顔には悲しい面影が射していた。
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