Novel_
□ †香り†
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「L……L………L…エル……エルッ…えるぅ…!!」
薄汚れた小さなアパートに身を置く若い男。
『ビヨンド・バースデイ』
彼はアパートの一室、生活に必要な最低限の家具しかないこの部屋で一人身を悶えさせていた。
手入れが行き渡るベッドの上で皺一つ無く敷かれた洗い立てのシーツを鷲掴みにし、ビヨンドは不気味な笑い声と共に息絶え絶えになりながら人間の名を呼び続ける。
「−−同じだぁ…!……同じだよ…この匂い…………あいつの匂い…!」
徐々に笑い声が収まり荒れた息が整うと、今度は静かに何かを確認するようにビヨンドは身体をベッドに寝かせたまま部屋の天井を見つめた。
「−−−−熱い………熱いよエル…」
一人笑い狂っていた原因をビヨンドは再び思い出し顔を笑みに歪める。
身体が身体を欲し疼く熱にビヨンドは身をよじらせ耐えた。
またも彼の声が同じ人間の名を呼び、小さなこの部屋で響いている。
とても甘ったるい鼻に残る香り。
唯一ビヨンドが『一人』で無くなる瞬間、愛しい甘い香りを身体一杯に満たし眠る夜。
いつの間にか廃れていた記憶が彼の身体に熱を与えた。
「………エル……私のエル……。…今、貴方はどこにいる………どこで生きている…」
自身の両腕で身体を抱きしめ両膝を抱えるように丸まると、ビヨンドはとても恍惚な笑みを浮かべた。
しかし、喉を鳴らし笑う彼の瞳には深い哀愁が宿っている。
再び、愛しい者の肌の温もりを…馨しい香りを……。
ビヨンドは二度と叶うか解らぬ願いを強く心に抱き今を生きる。
「エル…愛しているよ。私は…此処にいるんだ……」
ビヨンド・バースデイという一人の男が放つ掠れた弱々しい囁きは、誰に聞かれる事もなく薄暗い闇の中へと消えて行った。
一人ベッドに横たわったまま浅い眠りに着いたビヨンドを現実へ導いたのは、懐かしい記憶を甦らせるある『香り』だった。
「やっと見つけましたよ。貴方を探すのもこれで何度目でしょうか」
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