Novel_
□☆†郷愁†
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特に理由はない。
たまたま前を通りかけただけ。
日曜の昼下がり。
偶然見つけた小さな喫茶店の扉を僕は開いた。
店内はどこか懐かしさを感じさせるアンティークな家具や小物で飾られ、壁や柱は丸太を組み合わせたログハウスを思わせる造りになっている。
そして………珈琲の香り高い匂いが店内を充たしていた。
僕は店内の一番隅、窓際の椅子に腰掛け入口と向かい合わせのカウンターに目線を向けた。
そこには黒髪を一つに束ね黒いエプロンをつけた女性が丁寧に二つのティーカップに出来立ての珈琲を注いでいる。
僕は女性に声をかけ注文を取りに来た彼女に一杯の珈琲を頼んだ。
笑顔で注文を承った女性は一礼した後カウンターへ向かった。
店内で数人の客がそれぞれの時間を過ごす。
そんな静かな空気が流れる中、僕は何気なく窓の向こうに広がる都会の青空を眺める。
高層ビルが犇めきあい、青空に向かって我先にと伸びる姿は普段見慣れた光景だが、今は特別な景色に思えた。
暫くして先程の女性が白いティーカップに出来立ての珈琲とミルク、角砂糖を容れた揃いの陶器をお盆に乗せ僕が座る席まで運んで来た。
テーブルにカップとミルク、砂糖……そして同じく小さなケーキを乗せた真っ白な小皿をテーブルに置いた。
女性が言うには元々販売している店手作りのケーキを期間限定で無料提供しているそうだ。
僕は湯気が昇るカップの中を見つめた。
香ばしい珈琲豆の香りが心を落ち着かせ、身体全体に染み渡って行く。
角砂糖が入った陶器の小さな蓋を開き、中から真っ白な角砂糖を一つ摘み取った。
余計な物が混ざっていない純粋な角砂糖を静かに珈琲の中に沈める。
一つ、二つ、三つ。
普段より二、三個多く角砂糖を投入する。
そして完全に角砂糖が溶けるようスプーンでしっかりと掻き混ぜカップを口へと運ぶ。
僕は熱い珈琲を口に含んだ瞬間、心の中で渦巻いていた【何か】にようやく気が付いた。
………そう…【あいつ】の側で常に漂っていた香り……。
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