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□4.夜城
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「リオネ……?何故ここに?」
王さまは少し驚いた顔で私を見つめ、首を傾げた。
「陛下、如何致しました?」
扉の左右に立つ近衛兵が王に声をかける。
やばい、見つかったら……!
投獄、処刑の二つの単語が私の脳裏をよぎり、顔から血の気が引くのを感じた。
「……いや、何でもない。今日はもう休む」
王さまは落ち着き払って言葉を返し、後ろ手に扉を閉めた。
「……あの、陛下、私……!」
説明しようと慌てて口を開いた私を、王さまは片手を挙げてやんわり制す。
「まぁ少し落ち着きなさい。せっかくの訪問者に茶でも出さなくては」
「へっ」
間の抜けた表情をする私に構わず、王さまはテーブルに置かれたティーセットで優雅に紅茶をいれ始めた。
……紅茶はとても美味しかった。
「客人に茶を振る舞うのは久し振りだな……」
テーブルの向かいに腰掛け、カップを口に運ぶ王さまは何だか楽しそうだ。
──それにしても、この人を前にするとどうしても緊張してしまう。
何回も舞台に立って、緊張には慣れてるはずなのに。
なんていうか、王さまの周りの空気だけ全然違う。下手に触れたら怪我をしそうな……。
ぼうっと王さまの顔を眺めていたら、王さまはコホンと咳をした。
「……それで?」
ティーカップを受け皿に置き、穏やかな表情で私を見る。
「私に何の用だ?……まさか、夜這いなんてことはあるまい」
「よばッッ!?ゴホッゴホッ!!……ち、違います!!」
咳き込みながらそう言うと、王さまは眉を下げて笑った。
「そうか、少し残念だな。──で、本当は?」
残念て……!
私は背筋を伸ばすと気を取り直して口を開いた。
「実は王子……じゃなくて、殿下のことでお話があるんです」
「……コルトか。話したいこととは?」
王さまは微笑を浮かべたまま、先を促す。
私は言葉を選びながら慎重に、昼間の一件を全て話した。
王子さまが街で旅人と友達になり、ウォレスに乱暴されそうになった彼をかばったこと。
嘘をついた本人ではあるけど、本当に連行されるとは予想外で……必死で止めようとした、などなど。
「……確かに、殿下のイタズラや嘘は良くありません。ですけど十三歳なら思い至らないこともまだ沢山あるでしょう。人は失敗して大きくなると言いますし……色々なことを経験するのもいいと思うんです」
王さまは黙って私の話を聞いている。
「それに……街で見た殿下は本当に楽しそうでした。このお城には殿下と親しい子供は居ないのでしょう?陛下が前に仰った通り……寂しいのだと思います。だから外出禁止になんかしたら、その……余計悪い方向に行くと思うんです」
私はそこまで言って口を閉じた。
……何だか失礼なことを幾つか言ってしまったけど……。
恐る恐る反応をうかがうと、王さまは実に穏やかな表情で
「ああ、その通りだね」
とあっさり認めた。
「リオネ、きみの言うことはもっともだ。けれど……今のコルトには国王を継ぐ資格など無い。無能な王が治める国ほど恐ろしいことは無いだろう。そうなるぐらいなら、他の者に王位を譲った方が利口と言うものだ。……もちろんそんなことは許される筈が無いが」
そして王さまは困った様な笑みを浮かべる。
「先程、コルトは王になどなりたくないと言っただろう?」
「……はい」
「生きている限り、国王になる以外コルトに残された道は無いのだよ」
「………」
私は何も言い返せない。
「コルトの言動が陰で何と囁かれているかは知っている。あの子も全て承知しているはず。例の悪戯や虚言は憂さ晴らしと悪あがきに過ぎない。そうして起こした悪事は周りからの評価を下げ……再びコルトは鬱憤を晴らす為に何かをする。つまり悪循環だ」
国王の面皮が、息子を心配する父親の顔になる。
「そんな事をしても意味が無いと悟らなければ……。今のままでは、絶対に駄目だ」
話を聞くうち、私にある考えが浮かんだ。
要するに、イタズラや嘘をついて皆を困らせなければいいんだよね?
「だから、コルトには身をもって反省させなければ──」
「あの!」
私は思わず声を上げた。
「……何だね?」
話を遮られて、王さまはちょっとびっくりした顔で私を見る。
「あ……すみません。あの、陛下は殿下が城下町に出ることをどう思いますか?」
私はテーブルの上に身を乗り出して聞く。
ここが肝心なんだ。
「……そうだな」
顎に手を当て、王さまは少し考えてから言った。
「……国民と交流を深める行為自体は良いことだと思うが……」
「ですよね!」
そして私は勢い付いて言った。
「私が王子さまを変えてみせます!!」
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