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□6.不穏
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「……うーん」

カームは上半身を起こし、伸びをした。
窓から朝陽が差し込んでフードを被っているのにかなり眩しい。早朝の割りに陽気は暖かく、きっと今日は汗ばむくらい暑くなるだろう。

二度寝しようと寝床にもぐりこんだ途端、大声が響いた。

「またお前か!!何度言えば分かるんだい!?ここは宿屋じゃないんだよ!!」

見ると体格の良い中年女が戸口で仁王立ちしている。
カームは他人の家の納屋に勝手に入り込んでいたのだ。

「あぁ……おはようございます」

寝床──積み上げた藁の束から顔を出し、のんきに挨拶する。

「おはようじゃないよ!!浮浪者はさっさと出ていっとくれ!!」

怒鳴りつけた女を見て、カームは藁だらけの頭をぺこりと下げた。

「スミマセン。でも僕は浮浪者ではなくて、吟遊詩人」

誇らしげに楽器を掲げたカームに、女の怒りが頂点に達した。

いいから出ていきな!!



6.不穏



つまみ出されたカームはどこへ行くともなく街中をぶらついていた。
市場に通りかかると、陽が昇ってあまり経っていないというのに人で溢れ返っている。

「おぉ兄ちゃん!今日も楽しみにしてるよ!!」

いきなり右手の売店から店主が威勢良く声をかけてきた。
毎日演奏を聴きに来てくれている人だ。
「ありがとうございます。今日もぜひ、どうぞ」
丁寧にお辞儀をしてそう言うと、周りの店から声がかかった。

「こないだは災難だったらしいねぇ、これ持ってきな!」

「朝飯まだだろ?ホラ、持ってけ!」

野菜や果物、焼きたてのパンから新鮮な魚まで、様々な売り物が次々とカームに手渡される。

広場で演奏をしてからというもの、カームが通りを歩けばいつも何かしら声がかかり、そういう理由で食べ物には困らなかった。
カームは「気っ風の良い人ばかりだ」と、あまり深く考えたことはなかったが……その実、町の人々は、彼のみすぼらしい外見に半分同情の気持ちで商品を渡していた。

「ありがとうございます」

がりがりに痩せて、けれどとても人懐こい野良猫に餌を与えるような──人々のそんな心境を知る由もなく、カームは大量の食べ物を腕に抱えてにっこり笑った。


***


市場を後にしたカームは大通りを進み、やがて広場の付近まで来ると道を外れて路地に入った。

大通りから見えないことを確認し、鳥のさえずりに似せた口笛を吹く。

「♪───」

「兄ちゃんだ!」
「おおい、メシが来たぞ!」

バタバタと騒々しい足音が聴こえたかと思ったら、あちこちから薄汚れた身なりの子供達が飛び出してきた。

「ハイ、どうぞ」

子供達はカームが差し出した食べ物を我先にと取り上げ、かぶりつく。

暢気な放浪者と、街の空き家や聖堂に住みつく「帰るべき場所が無い」子供達が仲良くなるまで、両者の出逢いからさほど時間はかからなかった。

──今は人々に貰った食べ物を分けてやれるが、自分がこの国を後にしたら、子供らはまた苦しい生活に戻らざるを得ないだろう。

「………」

「兄ちゃん?大丈夫?」
側にいた子供が怪訝な顔でカームを見上げる。

「ん?……んん」
曖昧な返事を返し、カームは口元に笑みを浮かべた。

「大丈夫。みんなは?」

「平気だよ、誰も捕まってない。最近は“拝借”する回数も減ったし……」

コウという年長の少年が答える。

「ただ……最近、ウォレス達がよくこの近くをうろついてんだ。見つかる前に移動した方がいいかな……あいつら、オレ達を目のかたきにしてやがる」

「ウォレス……」
おとといの警備兵長だ。

「その内もっと広いアジトに変えるから、兄ちゃんも一緒に住んでいいぜ」

カームはコウの言葉に顔を上げ、微笑んだ。

「ありがとう。ぜひ、使わせてもらうよ」



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