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□絶対命令。(前/★)
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私の主人は一人だけ。



絶対命令。(前)



今夜はいい夜だ。
空には満月がかかり、城壁や木々を明るく照らしている。
開け放された窓から入る風は心地よく、微かに花の香りが混じっている。

廊下に突っ立って大きく伸びをしていると、向こうからユリアがやって来た。

「ルーク様、探しましたわ!陛下がお呼びです」

「陛下が?……分かった」

問いかける様な目を向けてきたユリアに肩をすくめてみせ、俺は陛下の執務室に向かった。


「陛下、ルーク・ラグニウスが到着しました」

近衛兵が扉ごしに声をかける。ややあって、部屋の中から「入れ」と低い声がした。




薄暗い執務室に足を踏み入れると、陛下はこちらに背を向け政務を続けていた。

深夜だというのに勤勉な方だ。
尊敬と憧れの入り混じった視線を大きな背中に注ぎ、俺は控えめに声をかけた。

「陛下、お呼びでしょうか」

「あぁラグニウス。来てみろ」

陛下はため息をつき、戸口に立つ俺を軽く振り返ると手招きした。

「報告書に何か問題でも……?」

「いや、トワイライトの報告には何も言うことはない。むしろ褒めてやるべきだな」

口の端に笑みを浮かべて満足そうに頷いた陛下だったが、すぐに顔を曇らせる。

「実は求婚の書状が届いていてな。ラトアニアの姫からだ。あの国には先年、交易でずいぶん世話になったこともある。どう断ったものか……」

「なるほど……お年頃の姫君は陛下をご指名というわけですか」

思わず苦笑すると、陛下はため息をついて俺を睨んだ。

「ラグニウス、茶化すな。ここは解決策を練るべきだろう」

──それで自分を呼んだのか。

微笑ましく感じると共に、自分は頼りにされているのだと誇らしくなる……が。

「陛下、誠に申し訳ないのですが……私はその様な経験がございません。お力になれず本当に──」

「知っている、そんなこと。だがお前の力が必要なんだ」

詫びようとした俺の言葉を遮り、陛下はにやりと笑う。

「……へ?」

間の抜けた声を返した殺那、陛下はいきなり俺の襟元を掴み自らの方へと引き寄せた。

これは、まさか…!?

主君相手に抗うわけにもいかず、瞳をきつく閉じて身構える。

「………」

ところが、何も起こらない。
くすくす笑う声が聴こえ、俺は恐る恐る目を開けた。

「そう固くなるな、ラグニウス」
間近に顔を寄せたまま、陛下はからかう様な口調で言う。

「へ、陛下?これは一体どういう……?」

全く意味が分からず冷や汗を浮かべていると、陛下は真面目な顔で囁いた。

「良いか、一月後に姫が来る。両国の親睦を深めるという名目だが、その魂胆ははっきりしている。──私はその手に乗るわけにはいかない」

「それで……俺にどうしろと?」

思わず言葉遣いが乱暴になったが、陛下は気にする風も無くにっこり笑う。

何だか、とても嫌な予感がする。

爽やかな笑顔を浮かべたまま、やがて彼は口を開いた。

「私の恋人になれ、ルーク」


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