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□23.夜の嵐
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同日、ボルトア王国。
王都が土砂降りの雨に包まれるなか、宮殿の一室には十数人の男達が一同に会していた。

小さな明かりのもとに佇む彼らの胸中はいずれも強固な決意に満ちていたが、その瞳に映るのは喜びでも怒りでもない。これから自分たちが行う凶事に対する憂いである。

「諸君。とうとうこの日が来た」

摂政ムワタリはおごそかに語りかけた。その口調は昨日まで繰り返されてきたどの密談よりも重々しく、熱を帯びていた。

「かつて国王に忠誠を誓った同志たちよ。これより我々に残された道は反乱軍との戦のみとなる」

男達はゆっくりと頷く。

「この国の汚名をそそぐのだ。我々の手で」

一人がそう呟いたのを皮切りに、部屋のあちこちから低い声がさざなみのように上がる。

「私たちが救いましょう」
「この国を、一刻でも早く」
「祖国を、国民を」
「守るべきは」
「王ではあらず」

そうして、男達は静かに剣を抜いた。

「国を守らぬ王など不要。ラムセスを玉座から引きずり降ろすのだ」


23.夜の嵐


異変に気付いたのは王妃カルディナだった。
摂政ムワタリの娘であり、国王ラムセスの寵愛を一身に受ける彼女は、王妃の寝室で一人、目を覚ました。

荒々しい足音、女たちの悲鳴。
激しい雨音に混じって、かすかではあるが確かに聞こえる。
そしてそれはだんだんとこちらへ近付いて来ているように感じた。

カルディナがベッドから降りるとほぼ同時、部屋の扉を激しく叩く音が響いた。

「起きろカルディナ、私だ!」
「お兄さま!」

扉の向こうに立っていたのは実兄であり宮廷書記官のメンフィスだった。
兄の強張った表情、腰から下がった剣を見て、ただ事では無いと知る。

「お兄さま、何が起きているのですか?」

妹の質問に答えず、メンフィスは背後を振り返り、供に連れた二人の侍女へ目線を送った。

「カルディナ、今すぐ離れへ逃げなさい。彼女らについて行くんだよ」

「お兄さま、教えてください!いったい何が起きたのですか⁉」

侍女らに手を引かれても頑として動こうとしないカルディナに、メンフィスは苦渋に満ちた顔で言葉を絞り出した。

「父上は陛下を殺す気だ」

言葉を失うカルディナを安心させるためか、自身を奮い立たせるためか、メンフィスは妹を抱きしめ、畳み掛けるように話を続けた。

「大丈夫、陛下は私が命に代えてもお守りする。父上なら私の話を聞いて下さるだろう。お前のことも手にかけようなどと考えていないはずだ」

だから大丈夫、とメンフィスはカルディナに精いっぱい微笑みかけた。

「妹よ、愛しているよ。お前の陛下は必ず無事に戻る。だから待っていなさい。大丈夫だから」

「お兄さま」

カルディナが何か言葉を返すよりも早く、メンフィスは身を翻し、国王の寝室へと続く廊下へ走り去ってしまった。

「王妃さま、お早く!」

侍女らに手を引かれるまま、カルディナは兄とは反対方向へ歩き出す。

けれども、カルディナは兄の背中を飲み込んだ暗闇から目を離せなかった。

お兄さま、お兄さま。
陛下をどうかお守りください。
どうかお二人とも、御無事で。

使用人たちの悲鳴が聞こえる。
荒々しい怒声が聞こえる。
剣と剣のぶつかり合う音が、誰かの断末魔の声が。

「かみさま…」

震える唇からこぼれ落ちた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
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