main story
□1.登城
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数日前のこと。
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「ええっ、そんな!」
シャムール一座のテントの中に、不満の声とどよめきが波となって響き渡った。
「次はボルトア王国で公演ですか!?あそこは今、国王軍と反乱軍とで内戦の真っ最中ですよ!危険すぎます!」
手品師トイが声を張り上げると、シャムールの団員達は皆そうだと言わんばかりに大きく頷いた。
「俺だって、そんな危ない場所にお前達を連れて行きたいわけじゃない……」
深いため息とともに言葉を返したのは、曲芸団シャムールで私を含め数多くの団員をまとめる我らが団長だ。
手には愛用のシルクハットが握られていて、白い手袋に覆われた長い指が帽子のつばをゆっくりとなでている。
──みんな知らないようだけど、これは団長が何かを企んでいるときの癖だ。
団長はいぶかる私の隣で再びため息をつくと、公演を断固拒否する何十人もの団員を力ない目で見回した。
「……しかし客の多くは村人や遊牧民、つまり非戦闘員だ。彼らは夜通し反乱軍の襲撃に怯え、戦火からひたすら逃れる毎日……。娯楽や安寧とは程遠い。実に悲しいことだと思わないか?」
団長の言葉にテントの中は急にしいんと静まり返り、先程まで反対派の第一人者だったトイまでも、鼻をすすっている。
……この空気はなんだろう。
思わず眉をひそめる私。
次の瞬間、団長はいきなり声を張り上げた。
「そんな絶望の淵にいる彼らを、俺たちの芸で励ますことができるのなら!」
皆が団長の一挙一動に注目する。
「我々は行くべき、いや行かなくてはならない!!」
「オォーッ!!」
何十という拳が天に向かって突き上げられ、次いで巻き起こる歓声と拍手。
「俺、団長にどこまでもついていきます!!」
「絶対に笑わせてやりましょう、団長ー!!」
嫌な予感はまさに的中してしまった。
まったくこの一座は……お人好しな人間ばかりだ。
「というわけでニオとリルケ達は荷馬車の準備、トイ達は荷物の梱包、残りはテントの解体……」
途端に元気になった団長は笑顔を浮かべ、てきぱきと仕事を割り振り始める。
「………」
呆れてその場を立ち去ろうとする私を、団長は「そうだ」と呼び止める。
「リオネ、お前と何人かの奴らは留守番だからな」
「えっ?なんでですか?」
私は驚いて団長を振り返った。
公演をするのに団員を置いていくなんて……今まで無かったのに。
「内戦のせいでボルトアのあちこちで賊が悪さしているらしい。こっちは大人数だが女や子供も多いし、武器を持って来られたら敵わない。野郎共のみで、尚且つ人数が少ない方が移動も早いし安全だ」
団長の顔は真面目そのもので、本気で心配しているみたいだ。
……きっと、ボルトア国内はかなり危ない状況なんだろう。
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