main story
□6.不穏
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ルークは詰め所にて、ウォレスと向かい合っていた。
「これはこれは……騎士団長どの。わざわざこんな所へおいでになるとは、自ら抜き打ち調査にでも?」
ウォレスの皮肉めいた質問に答えず、ルークは部屋の中をぐるりと見渡した。
テーブルの上には空の酒瓶が散乱し、床には葡萄酒なのか血なのか……赤い染みが点々と続いていた。
連行してきた犯罪者を壁に繋ぐ手錠はどれも使いこまれ、しかしどんなに暴れても外れないよう念入りに手入れしてある。
「そうだな──近いうちにするとしよう」
人々から巻き上げた金品がうず高く積まれた棚から目を離し、ルークはウォレスを見た。
「だが今日は違う。ウォレス兵長……貴殿と腹を割って話す為に来た」
「話す?何をですかい?」
ウォレスはルークの言葉を鼻で笑いとばし、自分の背後に並ぶ警備兵達に目配せした。
「隊長さんよ、あんまり下手なことを言いなさんな。ここはあんたの管轄外ですぜ」
「分かってる」
大きく頷いたルークだったが、内心少し緊張していた。
「だから敢えてここで話を聞きたい」
「ふぅん……」
顎の不精髭を撫でながら、ウォレスは先を促した。
「それで?」
「単刀直入に聞く。先ほど聞いた話だが……貴殿は私だけでなく、王族のことも酷く嫌っているそうだな。──何故だ?我々が何か貴殿の気を損ねる事をしたなら詫びたい」
それを聞いてウォレスは大笑いした。
警備兵達も上官に合わせ、嘲りの声を上げる。
薄暗い部屋に男達の嘲笑が響いた。
「隊長どの、何か勘違いしてやしませんか?私めが隊長や殿下を嫌ってるって?」
いったん言葉を切り、ウォレスは穏やかに言った。
「帰んな、坊や。俺ァ今死ぬほど気が立ってんだ。これ以上馬鹿なことを言うようなら、あんたを頸り殺すかもしれねぇ」
ウォレスの目は殺気立っている。
どうやら本気らしい、長居は出来ない。
諦めたルークは扉に手をかけ、思い出した様に振り返った。
「ウォレス、これだけは頼んでおく」
彼の目をまっすぐ見つめ、ルークは頼むと言うより念を押した。
「殿下は勿論のこと、リオネに手を出すな。……約束してくれ」
「へぇ、了解しました。……惚れてるんで?」
ウォレスが小馬鹿にした口調で尋ねる。
周囲から冷やかしの声や口笛が幾つか上がった。
「………」
一瞬だけ黙りこんだルークだが、すぐに微笑んでみせる。
「ああ。そうだ」
まるで何とでもないように素直に認め、ルークは呆気にとられる警備兵達を尻目に部屋から出て行った。
「ふぅん……」
扉を見つめながらウォレスはにやりと笑った。
……面白いじゃねぇか。
そして怯えた表情の部下達を振り返り、満面の笑みを浮かべる。
「さぁて、あのガキに余計なことを吹き込んだ馬鹿は……どいつだ?」
***
詰所から出た途端、ルークは深いため息をついた。
疲れた……。
リオネ達のことはトワイライトが何とかしてくれているだろうが、ウォレスの敵意といい、問題は山積みだ。
もう一度ため息をして足を踏み出すと、向こうからやって来る人影が見えた。
「……おう、イベルト」
片手を上げて声をかける。
「何だその顔は。見ているこっちが気分悪くなる」
お前に気分良いときがあるのかよ、と言いたいのをこらえ、ルークは苦笑した。
「ひでぇな……これでも色々あったんだ。
で、どうした?お前がわざわざ迎えに来てくれるなんて」
イベルトは鼻を鳴らした。
「気が向いただけだ」
本当はリオネに頼まれたからだが……あえて教えてやる程自分は心が広くない。
「お前も知っているだろうが、王子の友人の吟遊詩人に登城命令が下った。内々に迎えよとのことで、私が直々に来たわけだ。ついでに王子達も城へ送ったぞ。……あとはお前だけだ」
「そうか、ありがとな。助かるよ」
ほっとした表情を浮かべ、ルークは微笑んだ。
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