short story

□eve's letter【前】
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僕は屋敷内の小さな部屋を与えられ、他の小間使い達と共に働くことになった。
屋敷の主人……オズワルドさんは若い実業家で、遠い街から移住してきたばかりらしい。
同室のダグラスは僕にやたらと絡んでくる嫌な奴だったが、オズワルドさんはとても紳士的な人だった。

『大好きなドミへ
ドミ、オズワルドさんはとても優しい方だよ。
この前も僕に新しい服を仕立ててくれたんだ。
ドミにも会わせてやりたいな……きっと好きになるよ!
イベルト』

毎日の様に、僕とドミは手紙のやり取りをしていた。
なかなか休日が取れず、顔を合わせることが出来ない僕らにとっては、手紙だけが唯一の心を通わせる手段だった。

『愛しいイブへ
兄さん、新しい仕事は慣れたかしら?
きっとオズワルドさんは素敵な方なんでしょうね。兄さんからの手紙を読めば分かるわ!
私は元気におばさまのお手伝いをしています。
昔、兄さんが見つけたウサギの巣を覚えてる?この間見たら赤ちゃんが生まれていたのよ!
兄さんにも見せたいな……。
時間が出来たらでいいの、帰って来れない?
良い返事を待ってるわ。
ドミより』

ドミからの手紙を読むと、胸が痛かった。
手紙の内容はいつだって「帰って来て」で終わっていた。
もちろん僕もドミに会いたかったし、会いに行ってやりたかったけど……働くということは僕らが思っていたよりずっと大変で、忙しいものだった。

『ドミ、ごめんよ。
僕は新入りでまだまだ覚えることがあるから、家に帰るのはもう少し後になりそうなんだ。
ちょっとの辛抱だから、いい子で待っているんだよ。
イベルト』





ある日、オズワルドさんと共に庭の手入れをしていた時のことだ。

広い庭には様々な種類の花が咲き乱れ、むせかえるような甘い香りが鼻をつく。

……こんなに沢山の花、ドミにも見せてやりたいな。
きっと大喜びで茂みの向こうへ駆けていくだろう。

「イベルト、大丈夫かい?」

唐突にオズワルドさんに呼ばれ、僕は我に返った。

「さっきから手が止まっているね」

「あ……すみません、旦那さま」

僕は慌てて堆肥作りを再開する。

「疲れている様なら戻っても構わないよ。後は私がやっておくから」

「大丈夫です、すみません!つい妹のことを思い出してしまって」

慌てて謝るとオズワルドさんはああ、と言ってにこやかに笑った。
「きみの妹さんは薔薇が好きかい?」

「へ?えぇ……まぁ」

僕が返事をし終わらないうちに、オズワルドさんは薔薇の花を切り始めた。

「じゃ、仕送りと一緒にこれを妹さんに送ろう。ちゃんと棘を取って、可愛い紙で包んでね」

真っ赤な薔薇は、ドミの黒い髪に似合うだろう。
僕は嬉しさの余り顔を紅潮させた。

「ありがとうございます、旦那さま!」

「いいんだよ。きみは家族も同然だからね」

そう言ってにっこり笑ったオズワルドさんは、僕が今まで出会った人達の中で一番素敵な人だった。
そして数日後に届いたドミからの手紙。
興奮したのか、少し震えた筆跡でこう記されていた。

『愛しい兄さんへ
綺麗な薔薇をどうもありがとう!
私、あんまり嬉しくて花束が届いたときはずーっと抱き締めてたわ!そうしたらおばさまに叱られてしまって……今は花瓶に差して窓辺に飾ってるの。
兄さん、本当にありがとう!毎日が辛いことの連続だけど、この薔薇を見ていると私も元気づけられるわ。
兄さんも頑張っているのだから、私ももっと強くならなくちゃ。
ドミ』

良かった……。僕の可愛い妹は贈り物に喜んでくれたみたいだ。
会えない寂しさも、少しは軽くなっただろうか。

手紙を手に、ほっと胸を撫で下ろす。
それにしてもオズワルドさんは何て優しい人なんだろう!

改めてお礼を言おうと、僕は自分の部屋から出た。

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