NOVEL

□長門有希の感情
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私は人にはなれない―
ただ、人に近い存在であればいい―

「あ」
上げかけた手を引っ込める。
そうだ。もう眼鏡はしていないのだ。
ずれた眼鏡を上げる動作も、もう必要ない。
何となく、視界が寂しい。
眼鏡を外してから一週間も経つというのに、今更あの癖がよみがえる。
読書に支障はないし、特別不便なわけでもない。むしろ手間が省けている。
単に気持ちの問題だ。
―気持ち……?
私のようなインターフェースに気持ちなどあるのだろうか。
朝比奈みくるだって、未来から来ただけであって、人間である。
古泉一樹も同じ。
涼宮ハルヒも進化の可能性であろうが何だろうが彼女は人間―だと思っている―だろう。
彼は言うまでもない。
私だけ、なのだ。感情を知らないのは。
でも。
私は沢山のことを知った。
涼宮ハルヒを、可能性ではなく「人間」として捉えるようになった。
有機生命体を「人」「人間」と考えられるようになった。
私も、感情、気持ちを知る日が来るのだろうか。
本をそっと抱く。誰にも気付かれないように。本を抱えたのを装って。
「よう、長門」
声をかけられる。彼だ。
私はいつも通りの返事をする。
アンドロイドではなく、長門有希として。
人間の、長門有希として。
少しだけ、語尾を上げてみる。
「……何?」

私は人にはなれない―
ただ、人に近い存在であればいい―

end.
 

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