NOVEL

□雨降り風邪模様。
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古泉が風邪をひいた。
自称地球を守るエスパー少年と言えども人間であり、風邪をひくのは仕方が無いことだ。
なので俺は、咳き込んでいるであろう古泉に文句を言うつもりは無い。
だが、こればっかりは別だ。
これだけは文句を言わせてもらう。
古泉、お前のせいで俺はこの雨風と戦っているのだ、と。

時は遡り、SOS団活動時。
長門は読書、朝比奈さんはお茶くみ、ハルヒはパソコンで、俺は一人チェス。
古泉が居ないことを除けば、ごくごく普通の光景だった。
そんな平和を俺がしみじみと過ごしていた時、我らが団長涼宮ハルヒはネットサーフィンをしながら切り出した。
「古泉くん、今日学校休みみたいね」
「そうらしいな。おかげで俺は一人チェスをやっているからな」
「じゃあキョン、SOS団の活動はもういいから古泉くんのところにお見舞いにいきなさい」
俺は黒のポーンを持ったまま、ボードからハルヒへと視線を移す。
「なんで俺が」
「女の子が来たってあたふたするだけよ。大勢で行っても迷惑だろうし。男の友情を見せてやりなさい」
まあそれは一理も二理もあるわけだが、窓の外では小雨とも土砂降りとも言えない、中間地点な雨が降っている。
しかも今は冬だ。ギリギリまでこの電気ストーブで温まらせてくれてもいいじゃないか。
下校のときに行けばいいだろう?
「あんたねぇ、古泉くんが風邪ひいてんのよ? どれだけお世話になったと思ってるの?」
俺としては古泉イコール胡散臭いエセ超能力者というレッテルしか貼られていないし、
古泉が持ち込んでくるのは厄介ごととボードゲームくらいのものであり、そんなにお世話になってないんじゃないかという結論しかでてこないのだが。
そんな話をしても無駄だということがわかっているので、俺は重い腰をあげた。
「わかったよ。行ってくる」
「それでいいのよ」
ハルヒは満足気な顔をして笑った。
長門は活字の世界から顔をあげ、聞こえるか聞こえないかの小さな声で
「いってらっしゃい」
と呟き、また本に視線を戻した。
人が出かけるときはこう言えば良い、みたいなことを教わったのだろうか。
朝比奈さんは俺のコップを片付けながら微笑み、長門と同じように声をだした。
「いってらっしゃい、キョンくん」
長門と違うところは、俺の間抜けなあだ名が言葉に入っていたことと、
その笑顔の華やかさだろうか。長門は年中無休で無表情だからな。
俺はその可愛らしさに頬を緩めつつ、鞄を持って部室を出る。
廊下に出れば、雨の日独特の湿っぽい冷たさが体中に突き刺さる。
ああ、寒い。

まあ、こんなくだりがあったわけで、今俺は古泉の部屋の玄関前まで来ている。
いち男子高校生が住むには十分なマンションだった。長門の所には及ばんがな。
インターホンを押すと、十秒ほどで古泉はでてきた。
「よう、大丈夫か?」
「だいぶ良くなりました。わざわざありがとうございます」
いつもよりは元気の無い笑みを崩さず、古泉は俺を部屋に上げた。
通された先は、それなりに片付いていた。
お茶でも淹れてきます、と部屋を出ようとした古泉を引きとめ、半ば強引に寝かせる。
病人に茶を貰っても嬉しくはない。
俺は立ち上がり、体温計と食べるものを探すことにした。
何でも、古泉は朝から何も食べていないらしい。どれだけ寝てたんだ、お前。
それらしい引き出しを片っ端から開け、ごそごそと漁る。
今日の俺は勘が良いのか、目当てのものはすぐに見つかった。
体温計と、レトルトのお粥、熱冷まし用のシート。
それを見せるとこの部屋の主であるはずの古泉でさえも、驚いた顔をしていた。
機関に支給されていたが使う機会がなく、忘れていたらしい。
とりあえず熱を測らせている間にお粥を作ることにする。
熱を出した妹の世話をしたこともあり、大体は出来る。
レトルトだし、そんなに手間はかからないだろう。
温めている間に食器棚から茶碗とスプーンを発見した。
曲がったスプーンがいくつも置いてあったのだが、…見なかった事にしよう。うん。
そんなこんなでお粥はすぐに出来あがった。
見るからに熱そうなそれを持っていくと、古泉は体温計を持っていつものニヤケ面を貼り付けていた。
茶碗を乗せた盆と引き換えに、体温計をうけとる。
37度5分。
微熱だな、としか言いようが無かったので、そのままの言葉を口にする。
「微熱だな」
「微熱ですね」
体温計を近くの机において、古泉のほうへ歩み寄る。
その長ったらしい前髪を上げて、ニキビ一つない額に熱冷ましのシートを貼ってやる。
最初はポカンとしていた古泉だが、冷たいシートが触れると同時にピクリと反応した。
あの冷たさは慣れないもんだしな。
「薬とか、飲んだか?」
ベッドの近くまで椅子を引きずり、腰掛ける。
少々図々しいかもしれないが、こうでもしないと古泉の表情がよく見えない。
「はい。風邪薬なら」
「そうか」
会話が途切れる。
俺はそれを心苦しく感じることもなく、ただレトルトの粥を口に運ぶ古泉を見ていた。
何も考えずに、ただボーっと。
「……何ですか?」
俺の視線を感じたのか、古泉が俺の目を覗き込むようにして訊いてくる。
「ん、いや。何でもない」
ふと窓の方へ視線を動かすと、雨と風が意気投合して仲良くガラスに叩きつけられていた。
何というか、お前らバンドでも組んでるのかよ、って感じである。
この調子だと俺の持ってきた安っぽい傘は五分も耐え切れずにノックアウトしそうだ。 それに、雨が勢いを増す確率だってあるのだ。
「そろそろ、帰る」
「…はい。ありがとうございました」
おう、と返事を返して鞄を掴む。
そして玄関口のほうへ体を捻ったとき。
「………」
制服の裾に違和感を感じる。
視線を向ければ、古泉が俺のブレザーの裾を掴んでいた。
「……すみません」
古泉がパッと手を離し、ホールドアップする。
その表情が暗くなったことに気付き、俺は再び振り返る。
「何か、あるのか?」
「いえ、その…大したことでは無いのですが…」
「ひとりに、なるんだな、と、思って……」
すみません、と古泉は笑った。
俺ははあっと息をついて、椅子に座りなおした。
古泉の手に、自分の手を重ねる。
「俺は、ここに居るから」
「寝るまで、ここに居てやる。なんなら泊まってもいい。…俺は、お前を一人にはしねえよ」
「………あ、」
古泉は長い沈黙を置いてから、ゆっくりと述べた。
「ありがとう………ございます…」
そして、泣きそうなのか笑っているのかわからない表情をつくった。
俺はこの顔を知っている。
酷く、安心したときの顔だ。安心で、嬉しさがこみ上げたときの顔だ。
俺は笑い返し、古泉が寝息をたてるまでそこに居た。
降り注ぐ雨の音が、何故か心地よかった。

end.
 

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