NOVEL

□桜色は事件の色。
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「ちょっとキョン! 話聞いてるの!?」
ホワイトボードの前で俺を指差すハルヒの声に、はっと意識を戻す。
頬杖をついたまままどろんでいたせいか、頬が痛い。こんなに暖かいんじゃ眠くなるのも無理はないだろう。
というか寝かせてくれ。お願いだから。
内心そんなことを思いつつ、俺は聞いてる、と投げやり気味にでっちあげの言葉を返した。
事の始まりはそう、数十分前だ。

そろそろ桜の花がちらほらと顔を出す季節。
地球温暖化がどうのこうのと騒いでいるわりには例年通りの開花で、俺の眠気も例年通りにレベルアップしている。
ああ、今日の古文聞いてなかったな。いいか。どうせ谷口も寝てただろうし。
…数学も後半寝てたな。あれも誰か一人は寝てたはずだ。大丈夫だろう。
と、こんな具合に日本人特有の『他の人もやってるから大丈夫』という明らかにダメなことを考えながら、俺はいつも通り部室へと足をはこんでいた。
何回あくびを繰り返しただろうか。
俺の足は自動的に部室前で停止していた。そのまま機械的にノックをする。
これも習慣ってやつだ。
程無くして、「はぁい」という俺の聴覚を癒してくれるエンジェルボイスが扉ごしに聞こえてくる。
俺はドアノブを捻り、部室へと踏み込む。
そこで一番に目に入ったのは、白。
蛍光灯の光を反射させるそれは、紛れもなく、いつもは部室の隅に追いやられていたホワイトボードであった。
その前にはいつだかと同じようにハルヒが立っていた。
俺は悟った。
今日は古泉とボードゲームをして勝つだけでは帰れないのだと。
見れば、俺以外の団員は皆席についている。
俺が最後かよ。
「はい、どうぞ」
もはや部室での制服となっているメイド服を着た朝比奈さんが、湯気の立ち上る湯飲みを俺の定位置に置いてくれる。
礼を言い、腰を下ろす。
それを確認すると、ハルヒはニヤリとろくでもないことを思いついた時特有の笑い方をして、高らかに発表した。
「では、全員揃ったところでSOS第一回花見大会の会議を始めます!」
みくるちゃん、とハルヒは指を鳴らす。
朝比奈さんはそれに反応し、パタパタとボードへ駆け寄りペンを手に取った。
そういえば朝比奈さんは書道部だったっけか。ああ、懐かしい。
『SOS団花見大会』と丸っこい字が書かれたボードを見て、俺は口を開いた。
「ハルヒ、花見『大会』ってなんだ? 普通の花見じゃないのか?」
「あ、それは普通の名前じゃ面白くないと思ったからつけたのよ」
ノリか。
俺は内心裏手でつっこむ。
実際にやると倍返しされそうなのでやらないが。
俺が早々に興味を無くしたのにも気付かず、ハルヒは続ける。
「『大会』ってつくと何かワクワクしない? こう、血肉沸き踊るーみたいな!」
いや、しねえよ。
「そう? ならいいわ。じゃあ、何か花見大会でやりたいことある人!」
威勢よく言えば、すかさず古泉が口を開く。
いつものニヤケ面を貼り付けたまま「では、こういったものはどうでしょう?」と、書いたらカタカナがずらりと並ぶに違いない名を持ったゲームを提案した。
どうやら外国のゲームらしい。
もちろんコンピ研が扱うようなデジタルなゲームではなく、持ち運び可能なアナログゲームだ。
そして古泉はその書いたらカタカナがずらりと並ぶに違いない名を持ったゲームの説明を開始した。
言われなくても解説するところは一種のクセではなかろうか。
どうやら書いたらカタカナが(以下略)は色々と細かい設定のついた本格的なものらしく、朝比奈さんは最初のうちは説明に追いつこうと一生懸命だったが、途中からだんだんと表情が崩れていき今はショートしている。おーい、大丈夫ですかー? あーさひーなさーん?
俺もどちらかというと朝比奈さんと同じ分類に入るため、最初から聞く気などなかった。
頬杖をつき、ボーっと長門が揃えたのであろう、本がずらりと並んだ本棚を見つめる。
その内に眠気が俺を襲い…………冒頭に戻る。

「んじゃあそれに決定! ほかにやりたい事ある人いる?」
ハルヒは古泉の提案したゲームをあっさりと許可すると、またも俺達に問いかけた。
長門は読書、朝比奈さんは数秒前に承諾された書いたらカタカナが(以下略)の名称を本当にカタカナを並べてホワイトボードに書き込み中、古泉は提案済みで、俺は自分みたいな一般人の案など相手にされないことがわかっているので手をあげない。
「みんな本当に何もないの?」
ああ、ねえよ。
ハルヒはつまらなさそうな顔をすると、近くにあった湯飲みを掴み、中の液体を喉に流し込んだ。
そしてようやく古泉が提案したゲームの名称を書き終えた朝比奈さんを捕まえると、お茶お願い、とおかわりを頼んだ。
朝比奈さんは快く引き受け、渡された湯飲みを持ってポットの方へと向かう。
こんなお方を嫁に迎えたらどんなに素敵なことだろう。
その間にもハルヒは会議とやらを続行し、長門にやりたいことある? と訊いている。
問われた長門は一瞬俺を視界に捕らえ、予想通りというか何というか、小さく
「読書」
と答えた。そしてハルヒの反応も待たずに小説へと眼を向ける。
「有希らしいわね。まあ、あたしもこれで裸踊りとか答えられても困るし」
そう言ってハルヒは自分でホワイトボードに『読書』と書き込んだ。
お茶汲み中の朝比奈さんに書かせるのはいくらハルヒと言えど出来ないらしい。
「はい、じゃあほかに――」
「あわ…………わ……」
ハルヒの言葉と朝比奈さんの声が重なった。
珍しいこともあるもんだ、と俺はそれまで見えていなかった朝比奈さんのほうへ振り返る。
「………大丈夫?」
ハルヒが問う。
まあ、無理もない。朝比奈さんは顔を真っ赤にして、あわぁー、と声を上げていたのだから。
色んな意味で心配になってくる。
「どうかしましたか?」
「あ……わ…!」
俺の顔を見るなり、朝比奈さんは爆発しそうなくらいに頬を染めた。
……俺の顔に何かついているのだろうか。
「みくるちゃーん?」
今度はハルヒが再度問いかける。
「はわ…涼宮さんと……キョンくん………」
と朝比奈さんはさらに顔を朱に染めて発せられた言葉は、俺とハルヒを指していた。
どうかしたのだろうか。
「あたしとキョンがどうしたの?」
「その…涼宮さんが飲んだ湯飲みが……」
「が?」
「きききき、キョンくんの…………湯飲みで…」 かろうじて聞き取れた言葉を頼りに俺は湯飲みが置かれていたはずの机を見る。
本当だ。俺の湯飲みが無くなっている。
同時に確認したハルヒも「あ…!」と声をあげ、みるみる頬を紅潮させた。
朝比奈さんはうわ言のように続ける。
「か、か、間接キんぐっ!」
「みくるちゃーん? それ以上言ったらどうなるかわかってるー?」
「もががが……」
とっさにハルヒが口を塞いで脅迫的なことを言うが、もう遅い。
つまりだ。
ハルヒと俺はその……事故でだぞ?ちょっとしたミスで…………間接……キスを……した。
顔が熱い。
部室の温度が2度ほど上昇した気がする。
視線を泳がせていると、ハルヒと目が合った。
4度上昇。
ハルヒはやけになったようで、怒鳴るように声を張り上げた。
俺も便乗し、不自然にでかい声を出す。
「――ッ! あれは単なる事故なんだからね!? 今日は解散よ解散!」
「そうだ! 解散! じゃあな古泉、長門、朝比奈さん、」
ハルヒ、と続けようとしたが、声が詰まる。
喉まで出かけているのだが、実際に声にならない。
そのまま視線だけがハルヒと俺を結び、
「……何よ」
と痺れを切らした団長が口を開いた。
「い、いや……じゃあな、ハ……ハルヒ」
「え、ええ。また明日ね」
と、ぎこちない言葉を交わして俺は部室を出て行った。
背中に小さく長門の声で
「付き合いたてバカップル」
と聞こえたのは、多分―いや絶対に気のせいだ。

end.
 

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