NOVEL

□その扉を開くには。
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セピア色の扉を、開くには。
深い信頼という《鍵》が必要だったの。
だれが、《鍵》を持っているの?

「キョンくん」
「はい。何ですか?」
まだ来ていない古泉くんを待たずに一人でオセロをしている彼を呼び、手招きをする。
キョンくんは不思議そうな顔をしながらもこちらへ歩いてきた。
「あの、ちょっと一緒に来てくれませんか? すぐそこに水を汲みに行くんだけど……」
「……?いいですけど……」
因みに長門さんはコンピュータ研、涼宮さんは掃除当番でまだ来ていないので、まだメイド服に着替えていない。
お湯を沸かしているうちに着替えようと考えていたから。
廊下を歩きながら話しかける。
「ふふ。どうして二人で行くのか、不思議でしょう?」
「はぁ、まあ。また何かあるんですか?」
「ううん。時間遡行とか、そういうのはしません」
そう言って、外に出る。
別に校舎内でも良いんだけど、あたしは人気の無い外の水道が好きだった。
そこに着くと、いつものように人は居なかった。
蛇口をひねって水が溜まるのを待つ。
「……キョンくん」
「はい……―っわ」
驚いた声をあげる。
無理は無い。
だってあたしが抱きついたのだから。
「朝比奈さん…………?」
後ろから抱きつく形になっていて、お互い表情は見えない。
背中に顔を押し付けて、声を漏らす。
「キョン、くん」
キョンくんは、答えない。
あたしも答えを待たずに続ける。
「ごめんね」
「何を、」
声を遮って続ける。
「あたし、強くなりたいよ……」
涙が滲む。
肩が震えて、声が揺れる。
「禁則事項も、言えるようになりたいし……。伝えたいこと、たくさんあるのに……言え、ないの……」
それに、
「みんなと、ずっと、一緒に居たい……」
背後でちょろちょろと水の溜まる音がする。
少ししか蛇口を捻ってないから、溜まるにはもう少し時間がかかる。
もう少し、このままで居られる。
「キョンくんは……」
「……」
「キョンくんは、あたしの言葉、聴いてくれますか? キョンくんは、あたしのお願い事、聴いてくれますか?」
その問いに、彼はゆっくりと答えた。
いつもの声なのに、あたしは酷く安心した。
「……はい」
その言葉は、自然にあたしの中に落ちていって。
今までの不安を吐き出すように、深く息を吐いた。
「まだ言えないこと、あるけど、お願い事は、聴いて?」
「……はい」
「お願いはね……。ずっと一緒に居ること。卒業しても、大学に行っても」
「……はい」
「約束、してくれる?」
そう言って、あたしはキョンくんを解放した。
こちらを向かせて、小指を突き出す。
キョンくんは柔らかく笑って、同じように小指を出し、絡める。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
言い終えたとき、丁度水の溢れる音が聞こえた。
水を止めて、持ち上げようとした時。
「持ちますよ」
キョンくんがあたしの手からそれを奪った。
にっこりと笑ってみせる。
「ありがとう」
そして、いつものように人差し指を唇にあて、まだ慣れないウインクを見せる。
「約束だから」
変わらない、落ち着いた返事が耳に届く。
「……はい」

セピア色の扉を、開くには。
深い信頼という《鍵》が必要だったの。
あたしはその《鍵》が、大好きです。

end.
 

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