NOVEL

□青の中に星を見る
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「暑いな……」
そう呟いて、最初からだらしなかったネクタイをさらに緩める。
自分に言われたわけではないと分かっているはずの古泉が、それでも会話をしようと同意する。
「確かに七月上旬にしては暑いですねぇ」
「八月はどうする気なんだ、全く」
部室をちらりと見渡せば、汗ひとつたらさず読書をする長門の姿と、
若干夏仕様になったメイド服を纏う朝比奈さん、前の席でトランプを扇のように持っている古泉が目に入った。
ハルヒは例の如く来ていない。こういうときは必ず何かをしでかす奴だ。
「ハルヒは何を企んでいるんでしょうね?」
「恥ずかしい衣装とかじゃなかったら良いんだけど……」
俺が尋ねると、手に人数分の湯飲みが乗った盆を手にした朝比奈さんは苦笑しながらそう答えた。
こんな夏に室内でババヌキというのもダメだと思うが。健康面の意味で。
だが余程のことでなければ注意しない朝比奈さんは、のほほんとした雰囲気で湯飲みを置いた。
「はい、どうぞ。今日は冷たい麦茶にしてみたの」
それはありがたい。
まぁ、いくら彼女でもこんな夏の日に暑い飲み物を出そうなんて思わないだろう。
「本当はいつもの暑いやつを出そうとおもったんだけど、鶴屋さんが冷たいほうが喜ぶよ、って言ってくれて」
思ったんですか朝比奈さん。
うふ、と可愛らしく微笑む可憐な姿を見ながら未来の常識について考えていると、
おもむろに部室の扉がカサリと音を立てた。どうやら部室の外で何かあるらしい。
「ふぇ!?」
朝比奈さんは反射的に近くにあるものに抱きつく。
俺は即座に長門の顔をみるが、その無表情が変わることはなかった。
「大丈夫ですよ朝比奈さん。大したことでもないみたいです」
「そうですかぁ……。びっくりしちゃいました」
その姿は大変に可愛らしかったが、そろそろ抱きついている対象が俺であることに気がついてもらいたい。
その、何と言うか。
当たっているのだ。何がとは言わない。しいて言うなら朝比奈さんの魅力のひとつである。
「すっすみませんっ!」
とっさに朝比奈さんが手をはなす。
解放されたことは良いのだが、反対に惜しかった気もするような…………いや、そうじゃないだろ。
思考を手にしているトランプに移し、
古泉の手から抜き取ったクローバーのKと予め持っていたハートのKを机に放る。
長門の表情で安全確認というのも情けない話だが、仕方ない。
それが俺の知っている確認の仕方では一番に確実なのだから。
「……キョンくん……」
「どうかしました?」
「やっぱり怖いですよ……。さっきからずっとカサカサ言ってます……」
別に朝比奈さんに幻聴が聞こえていたとか、そんなことではない。
それは俺も気付いていたことだ。気にしなかっただけで。
だが、このときの朝比奈さんは正しかった。
俺はそんな彼女を心配して、部室の扉を一刻もはやく開けるべきだったのだ。
今更やったってもう遅い。
そいつは短気だったのだ。
「キョンッ! とっとと開けなさいよっ! 気が利かない雑用ね!」
そしてようやく扉を開けた俺の顔面に緑のそれが突撃してきたときの俺はたぶん、
人相の悪いおっさんと真正面から向かい合ったガキのような顔をしていたと思う。
畜生、となりの晩御飯かよ。
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