NOVEL

□遠回しに微笑んだ
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「キョン、あんたそれ好きなの?」
「ん? ああ、缶コーヒーのことか。けっこう好きだな」
「へえ、あっそ」
始まりは、他愛も無いその会話。

12時から時計回りに、パー、パー、パー、グー、パー。
並び順に言うと、みくるちゃん、あたし、有希、キョン、古泉くん。
言わなくても分かるとおり、じゃんけんの結果だ。
部室の中心で長机に集まってじゃんけんをしたみんな(あたし含む)は、少しばかり間を空けてから、あたしは盛大にふき出し、みくるちゃんと古泉くんは申し訳なさそうに笑んだ。有希はいつも通りの無表情だったけど、よく見るとそいつを哀れんでいる気がした。
そいつ、見事な一人負けを披露したキョンは、ひとつ溜息をついてからじゃんけんをする前にあたしが言ったとおりの「罰ゲーム」を実行すべく自動販売機へ向かって部室を出て行く。
「五人分の飲み物、買ってくるのよ。もちろんあんたの奢りで」
「奢りで」のところを意図的に強調しながら、遠ざかるブレザー姿に呼びかける。
キョンは面倒そうに肩を落としただけだった。返事のつもりなのだろう。
となりを見ると、さっきまで一人負けに頬を緩ませていたみくるちゃんが「あ、でも」と眉をきれいな八の字にして不安げに声をもらした。
「涼宮さぁん……キョンくん、大丈夫でしょうか……?」
「何がよ」
「だって、今は真冬じゃないですか」
そうね、とあたしは興味のない声音を保ちながら、去年キョンが持ってきたストーブに両手をかざした。
みくるちゃんはそれでも心配げに続ける。
「そうしたら、外はもっと寒いだろうし、自動販売機から出たばかりの飲み物は熱いじゃないですか? それを五つも持ったらやけどしちゃいますよう」
大きなやけどはしないだろうけど、あまり良いわけでは無いことはわかっていた。だからこその罰ゲームなのだ。
それなのに彼女は、おなじみのメイド服を揺らしながら「あっあの、やっぱりあたし、キョンくんを手伝いに行きます!」と部室を飛び出そうとしたのだ。
慌てて引き止める。
「いいのよ、いーの!」
「でも……」
相当な心配ぶりだ。……前に自動販売機の飲み物でやけどでもしたのかしら。
その心痛む瞳と、熱い缶だのペットボトルだのをたくさん抱えたキョンの想像が頭の中をチカチカと交差しはじめる。
数秒唸ったあと、あたしは決意を固めた。
「わかったわよ! あたしが行くから!」

寒い廊下を足早に抜けると、自動販売機の前に立つ雑用はすぐに見つかった。
「いま何本目?」
「おお……何だハルヒか。あとはお前の分と俺のだけだ」
そう言うキョンの腕には、三本の種類の異なる飲料たちが抱えられていた。
逆の手に視線をむけると、その手は見馴れた缶コーヒーの選択ボタンに指を伸ばしていた。
「それあんたの?」
「そうだが」
「そういえば好きって言ってたわね。……この前、あんたが美味しいーって言うから飲んでみたけど、あんま美味しくなかったわよ。苦いばっかりじゃない」
嫌味に口を尖らせてみせると、キョンは予想外にくすりと笑った。
同時に、いま話題に上っている缶コーヒーがガコンと大げさな音をたてて落ちるのが取り出し口から伺えた。
「何よ」
「いや、お前も子供だな。ブラックコーヒーは苦くて当たり前だろ?」
あわててそのコーヒーを少しオーバーなリアクションで取り出し、じっくりと眺める。
そこには「大人はブラックコーヒー」と今のあたしを馬鹿にしたような字がはっきりと印刷されていた。
「大人は」ってことは、「子供」は美味しく感じないってわけ? ……あたしみたいに?
キョンはまだ笑っている。
顔が沸騰したように熱かった。缶コーヒーの熱が移っただけだと思いたい。
どうにも恥ずかしくて何も言えずに固まっていると、唐突に手から缶がひったくられた。
「ずっと持ってると熱いだろ。ほら、お前も飲みたいもの選べ」
「う、うっうるさいわね! 言われなくてもわかってるわよバカキョン! 馬鹿馬鹿!」
キョンは先に千円札を入れたらしく、押せばすぐに買えるようになっていた。
……バカキョンにしては頭が良いじゃない。
「ああもう、何考えてるのよ…………飲み物……」
口の中で呟いてから、飲み物を選ぶことに専念する。
ココア、お茶、牛乳、……ブラックコーヒー。
そこに視線を移したとたん、自分でも表情が変わったのがわかった。
キョンがまた笑い出した声が聞こえる。
「んな何よバカアホエロキョン! ブラックコーヒーくらい飲めなくたって、生きていけるじゃない!」
声を張り上げながら振り返り、思い切り自動販売機で見本として並ぶそのコーヒーを指差した。
それが逆効果だったらしく、キョンはますます笑う。目を細め、頬の筋肉を上げて、それこそ子供みたいに。
その一瞬だけ、胸の鼓動が大きく響いた。キョンの顔が可愛く見えた。
思わず力んでしまう。
とたんに聞こえたのは、ピ、という機械音。さっき聞いたガコン、という音。
キョンの顔が強張る。
あたしは出来損ないのロボットみたいにゆっくりと顔を戻す。
「あ」
ブラックコーヒー、買っちゃった。
あたしの馬鹿。
買ってしまったものはどうしようもない。古泉くんあたりと交換してもらっても良いと思ったけど、そこまでやると「自分は子供です」と宣言しているような気がしてやめた。
盛大な笑い声が聞こえる。勿論キョンだ。
さっきから笑ってばかりの雑用には凄く腹が立ったけど、それは一旦無視して缶コーヒーを取り出す。
「大人はブラックコーヒー」。さっきと同じ売り文句。
もしかしたら、と思って目を閉じ、もう一度缶を見つめてみたけど、それはやっぱりブラックコーヒーだった。
まあ、当たり前よね。念じて飲み物が変わるわけ無いわ。
平気な顔をつくってから、身を翻してキョンの横を通り過ぎ、部室に向かう。
「まあ良いわよ。あたしは別に、子供じゃないし!」
「そうかい。じゃあ行こうか、『大人』のハルヒさん?」
おちょくったようなキョンの顔がどうにも憎たらしかった。
でもやっぱり、あの時の子供みたいな笑顔と被るのはどうしてだろう。
キョンのほうがよっぽど子供じゃない。偉そうにして。
いつもは見せないくらい、がきんちょな顔したくせに。
それに、少し…………本当に少しだけ可愛い顔、したくせに。
「まあ良いわよ。…………あったかいし」
さっきとは違う意味をこめて同じ言葉を呟いてから、やっぱり恥ずかしくなって、馬鹿な自分を誤魔化した。

end.

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