NOVEL

□12/17
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そろそろ本格的に冷え込み、町中が赤と緑のイルミネーションによる侵食を許す時期のことだ。
団長を除いて俺を含んだSOS団員の四人はいつものように部室で時間をつぶしていた。
朝比奈さんはおなじみのメイド服で癒しと甘露を提供し、長門はぶ厚いハードカバーに目を落としていた。
残る古泉と俺はモノクロの盤上でチェスという小戦争を繰り広げていた。いつも通りに俺が優勢だがな。
団長ことハルヒは先程述べたとおり居ない。つまりまだ来ていない。どうせ、世間が染まっているその行事に便乗しようと企んでいるのだろう。今に始まったことではない。
「チェック」
俺が古泉軍の白い兵を掴み上げ、空いたスペースに黒のルークを立てようとしたその時だった。
廊下をバタバタと駆ける音。騒がしいその音は部室の前でピタリと急ブレーキをかけた。キュキュ、と上履きが鳴る。
この時点でドアの向こうに誰かがいることに気付けなかったのが悔やまれる。俺の意識は盤上にしか向けられていなかったのだ。
「メリーっ! クリスマース!」
蹴破られたように開いたドアに驚き、思わず隣のポーンもろともルークを横倒しにしてしまった。
とび込むように部室に入ってきたハルヒの笑みと無残に転がるふたつの駒を見比べ、俺は面倒ごとが起こるのだと、静かに悟った。

「さあ今年も飾り付けるわよ! キョンに古泉くん、手伝って! あ、みくるちゃんは熱いお茶をいれてね」
そう言ってハルヒは、自分が抱えてきたダンボールいっぱいに詰まったクリスマスグッズを片っ端から机の上に並べていった。黙々と読書をすすめる長門に指示が無かったのはハルヒなりの気遣いだろう。
かくして俺達はチェス盤を片付け始めた。古泉は嬉しさを隠すように苦笑する。
去年と同じ、ハルヒが嬉しそうだ、とでも思っているのだろうか。
今日は12月17日。一年と一日前、まったく同じようにクリスマスの飾り付けをはじめた事実に、俺も苦笑してみせた。366日ごしにまたこき使われるのか。やれやれだ。

窓には殴り書きの「Merry Xmas!」。壁にはでかい靴下がいくつもぶら下がり、その上、天井近くの高い位置にはキラキラと光る金銀の飾り。机の中央にはクリスマスツリーをかたどった小さめの置物。その他にも置く場所があろうものならトナカイのぬいぐるみやら天使の舞うフォトスタンドやらが並んでいる。ハルヒが毎度毎度勢いよく開けるせいで蝶番が悲鳴をあげているドアにはリース。そして団員一人ひとりに渡された三角帽子。長門の頭にはしっかりと乗せてある。
補足だが、窓に書かれた文字はやはり外から見ると鏡文字だ。それで突き通すつもりなのか。しかもグッズが増えている。
「ま、こんなもんね」
ハルヒは、一仕事終わったときそうするようにパンパンと手をはたきながらそう呟いた。
こんなもん、とは言うが、実際は結構な時間がかかっている。窓の外はもう暗かった。
「す、すごいですねぇ……」
朝比奈さんが甘い吐息と共に声を漏らす。その頭には律儀にも三角帽子が乗っていた。そんな律儀さも可愛らしい。できることなら抱きしめたい。
そんな朝比奈さんを「あたしが育てた」とても言いたげな、得意げな表情をして見つめてからハルヒはわざとらしく手を打った。
「そうだ、みくるちゃんは明日からサンタ服着るのよ。去年のがあるから」
「今年もですかぁ……?」
「あったりまえじゃない! みくるちゃん、あなたもっと自分に自信を持ちなさい! 可愛いから」
お前はお前で自信を持ちすぎだと思うがな。
俺の小言にハルヒが反応することは無かった。聞こえなかったのか、無視を決めたのか。
「ま、今日の活動はこんなところね。明日はクリパで何をするか決めるから、遅れちゃダメよ!」
「待って」
唐突な声。
その声のした方を向くと、そこにはハルヒに視線を据えた長門がいた。
「明日は来れない。……明日から20日までは家を出られないことになっている」
「んん、何か用事でもあるの?」
ハルヒが少し機嫌を悪くしたようにたずねると、長門は一拍置いてから頷いた。
「そう。……ならいいわ。じゃあ今日は解散ね」
長門の頭に乗ったままの三角帽を取って机に置いてから、ハルヒは鞄片手に部室をずかずかと出て行った。
その横顔はとても上機嫌とは思えない。
「涼宮さん、長門さんが参加できないのが残念だったようですね」
ハルヒが廊下へ出て行ったのを見届けてから、飾り付けでは「高いところ担当」だった古泉が口を開く。
「それだけでアイツは機嫌を悪くするのか」
「団員が欠けるというのは、団長にとっては辛いものなのでしょう」
胡散臭い笑みを浮かべた古泉はそれだけを言ってから、断りもいれずにその話題を打ち切った。
「朝比奈さんは僕が送ります。……あなたは長門さんに訊きたいことがあるはずです。そういう顔ですよ」
ああ、全くもってその通りだよ。
俺はそれ以上は口を開かずに、長門を連れて部室を後にした。
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