すてき!

□幸福の吐息
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ごめんごめんと走ってきたはちを私はじっと見つめた。
はちはまた逃げ出した生物たちを捕獲するため今の今まで奔走していたのだ。
ちなみに本日は久しぶりに二人で出掛けようとしていた日である。
私は一人で暮れゆく太陽の光を眺めていた。
つまり今日一日ずーっとここで座って待っていたわけだ。
「疲れたー」
はちはそう言いながら私の隣に腰かける。
はちは暑そうにぱたぱた手で首元を扇いでいる。

そうやって、いっつも追いていってしまうんだから。
そうふて腐れたように言うと、はちは困ったようにしかしどこか嬉しそうに笑うのだ。
「ジュンコと毒虫たちに妬いてるんだ」
「驚いた、よくそんな都合の良いように考えられるね」
「だって兵助、本当に思ってたらもっと顔に出るし」
自分としては機嫌悪そうに言ったつもりだけれど、そうかそうかばれてましたか。
そうだろ、と得意げに笑いかけるはちにそうかもね、と素っ気なく返す。
「おもしろくないの」
ふうと溜息漏らすとはちが幸せが逃げるぞと言った。
余計なお世話とばかりにもう一度今度は深く長く吐き出す。
「逃げていくほどの幸せを持ち合わせてないからいいの」
「幸せじゃないの?」
「うん」
「俺がいるのに?」
「ついさっきまで居なかったじゃない」

口を尖らせたのは今度ははちの番である。
「一人にして悪かったよ……どうすれば良いわけ?」
「はちが幸せにしてよ」
私がはちの手をそっと取るとはちはぴくりと反応した。
はちはどうしたものかと視線をさ迷わせ、窺うようにこちらをちらちら見ている。
私は変わらずじっと見詰めていると、ついにはちが身を乗り出した。
一瞬、触れるだけの口づけの後、はちはぱっと顔を背けた。
それでも耳まで赤いのが見えて、私は思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうはち」
「……うん」
「じゃ、私の部屋行こうか」
「えっ……」
「幸せにしてくれるんでしょ?」

私は立ち上がりあーえーうーと喚きはっきりしないはちの手を引っ張る。
よろめいたはちを抱き留めると掴んだ手はそのままに私はすたすたと部屋へと歩み始めた。
「機嫌直るの早いな兵助」
「機嫌悪くなんかなってないよ。だってはちが幸せにしてくれるってわかってたしね」
「………あっそー」
「うん、そう」

部屋の戸を開くとそこには誰もいない。
好都合なことに同室の奴は明日の朝までいないのだ。
私は戸を閉めはちを引き寄せた。
今度は私から唇を寄せる。
漏れる吐息は幸福をまとって私たちを包んでいった。
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