めいん
□リクエスト
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”馬鹿は風邪ひかない”なんて、ウソだ。
ridiculous couple?
「ただいまー。」
丸井、と書かれたネームプレートのついている、安そうなアパートの一室。
そのボロいドアを開けたのは、その部屋の主である丸井ブン太だ。
丸井ブン太はこの春、大学生になった。
といっても、そのままエスカレーター式に立海大に進学したのだけれど。
住まいは大学の近くに借りて、親元を離れて暮らす。
「おかえりー。」
部屋の奥から、やけに細い声が聞こえてくる。
少年のような儚い声音に、ブン太はいつも以上にどきりとする。
わざわざ親元を離れてアパートを借りたのには訳があった。
それが、この、芥川慈郎だ。
「ばーか、喋んなよ。悪化するだろぃ?」
「だってぇ〜、ごほ。ブンちゃんが帰ってきたら返事してあげたいんだもーん。」
こほこほと咳をしながら喋る慈郎をブン太はその頬にバードキスを送ることで黙らせて、その後自分はキッチンへと消えた。
学生用のワンルームアパート。
二人は大学生になる前に、晴れて恋人同士となった。
「大学生になったら、一緒に暮らそうよ。」という慈郎の申し出に、ブン太は二つ返事で承諾したのだった。
しかし実際、大学生になったのはブン太だけだった。
慈郎は結局、デザイン系の専門学校に入学し、今は専門学生となっていた。
二人一緒に大学生、とはいかなかったが、一緒に暮らすことができることには変わりない。
そんな諸事情から、この大学推奨激安学生アパートは、ブン太の名義(大学からの斡旋)で借りられている。
日々の生活は思った以上に楽なものだった。
もともとブン太は料理が得意だったし、慈郎も実家がクリーニング屋ということもあり洗濯をはじめとする家事全般が得意だった。
だからこの二人の同棲生活において、「困ること」というのは、今まで一度も起こることはなかった。
しかし。
「こほ、ごめんねぇ、ブンちゃん。」
「何言ってんだよ、仕方ないだろぃ?ほれ、おかゆ。」
「ありがとー、ブンちゃんすき!」
12月。
すっかり冬となったこの季節。
とうとう慈郎が風邪でダウンしてしまったのだ。
咳、鼻水、発熱。
定番の風邪の症状を全て抱えて、慈郎は今、おとなしく布団の中に収まっていた。
「インフルエンザじゃなくてよかったな。」
「うん。」
「学校には連絡したか?」
「したよー。」
みんながバカは風邪ひかないってのは嘘だったんだ!って驚いてたよ〜。と寝ぼけ眼で慈郎は言った。
その一言を聞いたブン太は、何とも言えない気分になったのだった。
「…何?お前バカなの?」
「……バカなんじゃん?」
「………。」
「ブンちゃん…?」
ブン太は何かを考え込むかのように黙り込むと、再び立ち上がって慈郎が食べ終わった後の食器を片付け始めた。
何かよくわからないけれど、慈郎はとりあえずブン太にありがと、と言って再び布団の中へしっかりと潜り込む。
「ブンちゃん?おれさ、なんかだめなこと言っちゃった?」
思い切って慈郎が尋ねると、静かな沈黙の後にキッチンにいるブン太が返事をした。
「ああ、お前、バカだからな。」
「…どーゆー意味〜?やっぱおれバカなの?」
その言葉を言い終わるくらいに、ちょうどブン太は食器を洗い終わり、再び慈郎の横になっている布団の傍へとやってきた。
じぃっと慈郎の顔を見つめると、今度はぶつかりそうなほど顔を近づける。
二人はこれでも恋人同士なので、それこそこんな風に顔を近づけてキスし合ったりだってするのだが、どうもいつもの雰囲気とは違う、と慈郎は思った。
何より、ブン太の眉間に寄せられたそのシワがそれを物語っている。
「え?えっ?ブ、ブンちゃん…?!」
「……。」
「ち、近いよ…?」
「…。」
「か、風邪!ウツっちゃうCー!」
「…じゃあ早く治せよ。」
「…?」
慈郎は近づいた顔にドキドキし過ぎて、ブン太が慈郎にはどうしようもない無理難題をふっかけてきていることに一瞬気付けなかった。
治せるものなら今頃とっくに元気100倍なはずだ。
「……、っえ〜!おれにはどうしようも出来ねぇC〜!」
「…。じゃ、浮気してやる。」
「えっ?」
またまた慈郎はブン太が言った言葉をくみ取りきれない。
彼は、今、何と言った…?
「相手してくれるやつがいねぇとつまんねぇから、俺浮気するぞ?」
「…えっ!」
その言葉を聞いて、今度こそその頭で意味を理解したのか、慈郎は瞳に涙を浮かべてブン太を見つめ返す。
「じゃあな。」
そう言ってブン太は慈郎から離れて立ち上がろうとする。
しかし、そんなブン太を引き留める力があった。
「なんだよ。」
その力が発生した方を振り向いて、ブン太は冷たく言った。
そこには両手を伸ばして必死にブン太のシャツにしがみつく慈郎の姿があった。
「やだ…!」
「なに…」
「ブンちゃん行っちゃやだ…。」
「ジロ…」
「浮気しないでよ…おねがい…!」
また、こほこほと咳をしながら、そして涙をその瞳に携えて、慈郎は必死にブン太を引き留めようと入らない力を入れる。
慈郎にそんなことをさせたのは自分なのに、ブン太は風邪なのにこんなに喚いて何やってんだよコイツ…!と心中焦った。
「馬鹿!お前…また風邪が悪化するだろぃ?」
「や、やっぱり…俺がバカだからキライになった?!」
ほろほろと涙をこぼしながら、慈郎はブン太を見上げた。
そこには、さっきと同じように眉間にシワを寄せたブン太が居た。
でもそれはさっきと違ってとても苦しそうで、切なそうな表情だった。
「…違う。」
「うそ!じゃあ何で浮気するなんて言うんだよ…っ!」
「それは…」
「それは…?」
「それは、俺が慈郎のこと、好きすぎるからだろぃ?」
そう言って、離れようとしていたはずのブン太は、いつの間にかまた、慈郎とのその距離を縮めていた。
「え?どーゆー意味…」
慈郎がブン太に問いかけようとした瞬間、その口はブン太のそれによって塞がれた。
「ブンちゃん…?」
「お前が、他の奴にバカって言われてるのがムカついた。」
「え!うそ!いつもブンちゃんだっておれに馬鹿って言ってるじゃん…!」
「ば〜か。俺と他を一緒にすんなっつーの!」
お仕置き、と言わんばかりにブン太は再び慈郎の口にかぶりつく。
慈郎はもともと熱があったのも作用して、はっきり物を考えることができないくらいにとろけてしまった。
「わかったか?俺の言う"馬鹿"には、愛情がこれでもかってくらいこもってんの!」
「…ブンちゃん…。」
「なんだよ、ジロー。」
「風邪…ウツっちゃう…。」
熱のせいなのか、照れのせいなのか、もしくはその両方か。
顔を真っ赤にさせて抗議する慈郎に、ブン太はふっと笑みをこぼして言った。
「馬鹿は風邪ひかないんだろぃ?」
「え?」
「俺、ジロー馬鹿だしっ♪」
「ぇえ〜っ??」
それ以上、慈郎が言い返すことができないように、ブン太は何度も何度も口付けを送った。
慈郎は馬鹿でも風邪ひくC〜!と思ったが、ヤキモチを妬いてくれて更に自分は"ジロー馬鹿"だとまで言ってくれたブン太が愛し過ぎて、もう拒む気持ちは消えていく一方だった。
「(ジローの風邪が俺にウツって、ジローが元気になるならそれでいいじゃん!)」
「(ブンちゃんが風邪ひいちゃったら、今度はおれが看病してあげよーっと♪)」
お互い、想いをそれぞれ内に秘め。
寒空の中、このぼろアパートの一室は暖かい時が流れていった。
二人一緒なら、何があっても大丈夫。
そう改めて認識したブン太と慈郎だった。
───翌日。
一人体温計を片手に、慈郎は満面の笑みを浮かべる。
「マジマジすっげー!ブンちゃんのおかげで完治だC〜!」
その横では…。
「へっくし!!」
「あ、ブンちゃん。寝てなきゃダメっしょ?」
「大丈夫…ごほっ。」
見事にブン太が風邪をウツされていた。
「だから風邪ウツっちゃうって言ったのにー。昨日あんなにすっから…。」
「…嫌じゃなかっただろぃ?いいからずっと傍にいろよ…。」
「うん!ずっと傍にいてあげる!」
馬鹿は風邪ひかない、なんて嘘。
馬鹿は馬鹿なりに風邪をひくし、むしろ馬鹿だからこそひいてしまう風邪だってある。
だけど。
ホントは風邪なんかよりも大変なのは恋の病で、それより厄介な病はないのかもしれない。
END
あとがき(はち様へ)
はち様大変お待たせ致しました…(>_<)
555Hitキリリクの風邪ひきブンジロでございます!
遅くなってしまって本当に申し訳ありません。汗
勝手に未来捏造してしまいました。
高校を卒業して同棲しちゃってるブンジロです(^^)
風邪→看病→同棲というさわ子の勝手な連想から生まれてしまいました。笑
いかがでしたでしょうか?
返品・リテイク等はいつでも受け付けております。
風邪ひきブンジロが書けて楽しかったです!
ありがとうございました!
※はち様のみお持ち帰りどうぞ〜