めいん

□芥川慈郎という男
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【幸村】


彼は言った。


「なぁなぁ、試合しよーぜ!」


俺は突然のことだったから、え?って聞き返したんだ。
そうしたら芥川慈郎は、いつものへらっとした笑顔で、「幸村くんと一度でいいからやってみたかったんだよね〜。」と言った。
確かに俺は芥川とは試合をしたことはなかった。
だけど、さっきまで丸井の居るコートできゃーきゃー応援していた奴が、いきなり何故ココにやってきたんだろう?


「丸井はもういいのか?」
「うん、今休憩だって!おれ暇だからさぁ!相手してよ、幸村くん!」


面白そうな奴が俺に申し出てきたな、と思った俺は、ちょうど暇だったし二つ返事で了承した。
芥川は「わっくわくする〜!」とはしゃいでいたけど、実のところ俺も少し楽しみだった。
芥川が立海にまでやってきて、丸井の応援と称して騒いで帰っていくことは珍しくないのだが、こうして誰かに試合を挑んだりプレイすることは今までなかった。
俺は、氷帝の部活動そっちのけでこうして立海にやってくる芥川のテニスがどれほどの腕前なのか純粋に気になってしまった。
悪く言ってしまえば、お前はいつどこで練習しているんだ?という疑問だ。
一応レギュラーに入っているらしい芥川と一勝負すれば、現在の氷帝のレベルも大方予想がつくだろうし、一石二鳥だ。
そう思って、俺はラケットを片手にコートの中へと入っていった。


「そいじゃいくぜ!」
「うん、いいよ。」


様子見、と思ってサーブ権は芥川に譲った。
コートの外で真田が俺に「ほどほどにしてやれよ。」と言っていたが、言われるまでもない。
とりあえず、彼の実力を測ることが先決だ。
あのサーブの感じから言って、サーブ&ボレーヤー、と言ったところか。
丸井を目標にしている訳も頷ける。
芥川はサーブを打つと同時に前へと出てきた。
おいおい、そんなに急に出てきて大丈夫なのか?
きっと返す自信があるから前衛に出てくるんだろう。
なら、返しにくいところに打ち込むまで…!

ぱこん、とボールを打ついい音が響くと同時に、芥川は「おっ!」とさらにその表情を明るくした。
そして、俺の打ったボールを、不思議な体勢で打ち返してきたんだ。
俺はそのボールをまた打ち返さなきゃいけないのに、そんなことも忘れて芥川の方に目を奪われていた。
あんな返し方、普通のテニスプレイヤーには不可能だ。


「…なるほど。」


ギャラリーに混じって試合を見ていた蓮二が唸った。
蓮二が何か知っていると思って、俺は蓮二の方に耳を傾けた。


「これが神に愛された手首、か…。」


さすが蓮二、既に芥川の情報は手中にあり、か。
しかし、神に愛された手首って…どういうことだ?


「え?何すか、ソレ。」


蓮二の横でおとなしく試合を見ていた赤也が、皆を代表して蓮二に質問した。
俺も知りたかったから、自然とそちらの方を向いて聞いていた。


「ああ、芥川のあの異常なまでも柔らかい手首…。氷帝ではそう称されているらしいな。」
「へぇ、なかなかやりますね。」
「お?柳生、興味あるんか?」
「…ありゃ天性のもんだぜ。」
「ま、俺の妙技には及ばないけどな。」


いつの間にか、他の場所にいた部員たちが、俺と芥川の試合するコートに集まり始めていた。
部活としてはあまりいい状況ではないけれど、それより何より俺自身が芥川に興味があったし、この試合が面白くなってきた。
俺とは種類の違う、ちょっと変わった天才。


「ゆっきむっらく〜ん!今の返せたっしょ??」
「え、ああ。芥川、すごいボレー打つんだね。」
「へへ〜、マジックボレーだC〜!でも実はまだ開発途中!」


照れながら教えてくれる芥川が、同い年のはずなのにとても子供っぽく感じた。
すごい面白い奴…。


「もう一球、頼むよ。」
「うん!じゃあいっくよ〜!」


それからしばらく打ち合ったけど、やめた。
俺は急にコートの外に出て、目当ての人物を捕まえに行く。


「え?え?どしたの??幸村くん??」
「芥川はそこで待ってろ!」


気持ちが急いていたからちょっと怒鳴ってしまった。
芥川は叱られたと思って捨てられた子犬のような顔をしていたけど、それよりも俺は早くやりたいことがあるんだ。
後ろで「ごめん、なんか怒らした??俺がテニス弱いからー??」と、何度も芥川が口にしていたけど、答えてる余裕がない。
俺は早足でコートの外にいる丸井の目の前まで行くと、がしっとその腕を掴んだ。


「な、何?幸村君。試合は?何で途中でやめたの?」
「ちょっと来い。」
「は?」


そして次に、ジャッカルの前を通り過ぎる際に、俺はジャッカルに声をかけた。


「お前もだ、ジャッカル。」


ジャッカルは何も口答えせず、俺に引っ張られて歩いている丸井の後ろについてきた。
物分りのいい男で助かるな。
そしてそのままコートに戻って、ブン太の手を離した。


「いつも通り、お前はココ。」
「え?」


ブン太を位置につかせると、俺はネットの反対側、芥川のいる方へと回った。
ジャッカルは何も言わなくてもわかっているようで、無言で位置につく。
物分りのいい男で助かるな。


「え?幸村くん…?丸井くん??」
「ちょっと幸村君!訳わかんないんだけどー?!」


フーセンガム膨らましながら怒ったって可愛いだけだぞ、丸井。
とにかく、俺は芥川を前衛に置いて、その後ろにスタンバイした。


「え?何するつもりだよ…?!」
「ダブルス、だな。」
「…柳!」


その様子を見ていた柳も、全てを察知したようで、丸井とジャッカルのラケットを持ってコート内へと入ってきた。
どうやら審判をするつもりらしい。
まぁ、俺も審判頼むなら蓮二かなって思ってたからいいんだけど。


「ええ?!どういうこと!ままま丸井くんとダブルスで試合すんの?!」
「そうだよ。」
「え?マジ?幸村君と芥川が組むの?!」
「…勝てる気がしない。(幸村に。)」
「じゃあ何で無言でそこにいるんだよ!ジャッカル!!」
「…なんか、逆らえなくてよ…。」


なんだか盛り上がってきたところで、俺ももう早く試合したくてたまらないんだけど。
そろそろ始めちゃってもいいかな?
真田が向こうから呆れた表情で見てるけど、すまないな、今日くらい許してくれよ。


「じゃあ、行くぞ!」
「え!!」
「ちょ、構えろ!」
「まま、まって!タンマーーー!!!」
「くぅ〜!おっもしろ〜い!!」


俺のフォローで、芥川は生き生きとプレイしている。
妙技vsマジックボレーか…。
面白い。
俺のフォローと、ジャッカルのフォロー。
さすが慣れてるだけあってジャッカルは手強いけど、俺だって負けない。
伊達に一年の頃からレギュラーを任されているわけじゃあないからね。


「おい!ジャッカル!今の取れただろうが!」
「馬鹿言うなよ!半端ないんだよ、幸村の打つ強速球!」
「うわ〜!どこに打っても返してくる!!さっすが丸井くん…!!」
「天才的だろぃ?…って、何のせられてんだ、俺!」
「馬鹿なことやってないで、幸村抑えること考えろよ!」
「そりゃお前の役目だろうが、ジャッカル!」
「俺かよっ!」
「うっひょ〜!おもしれぇー!!」
「楽しいな、芥川。」
「うん、幸村くん!マジマジたのCーッ!!」


高いテンションではしゃぎながらテニスをする芥川を見てると、なんだか俺まで楽しくなってくるよ。
丸井やジャッカルも、文句言いつつもなんだか楽しそうだし。
不思議だな。
いつも通りの部活の練習に、氷帝の芥川一人がただ加わっただけなのに。
きっとコレが芥川じゃなくて別の奴だったら、こうまで楽しくテニスはできないだろう。
偵察とか、スパイとか…データとか。
芥川にはそんな下心は微塵もない。
ただ単純にテニスがしたくて、テニスが楽しくて、テニスが好きなんだろう。
それってなんだかすごく、羨ましいな。


「幸村の奴、楽しそうじゃのぅ。」
「うむ。」
「久々に見ました、彼があんなにはしゃいでテニスをしている姿を。」
「…芥川さん効果っすかね?」
「…だろうな。」


だんだんと俺と芥川のコンビネーションも良くなってきて、とうとうブン太とジャッカルのダブルスに止めの一発を決めた。
笑顔で駆け寄ってくる芥川に、俺も笑顔で迎えた。


「やったね!!!幸村くん!!!あの丸井くんに勝っちまった!!!すっげーーー!!!」
「はは、やったね。」
「おめぇのおかげだよ、幸村くん!」


ありがとう、と言って手を差し出してきた芥川。
違うだろ?
礼を言いたいのは俺の方だ…。

お前が俺に、テニスは楽しいものだって事を、もう一度思い出させてくれたんじゃないか。

王者で居続ける威厳と誇り。
嫌いなわけではないけれど、いつしかそれに飲み込まれている自分が居た。
とてつもないプレッシャーと言う名の重圧と、それに答えなきゃと言う義務感。
テニスを純粋にプレイすることが、できなくなっていたのかもしれない。
好きという気持ちがあってこそ、そのプレイが、その呼び名が、確立されていくというのに。
忘れていたのかもしれない。
だけど、今。
芥川のおかげで、それを思い出すことができたんだ。


「…いや、ありがとう。芥川。」
「?」


差し出された手を取ってきゅっと握手してみると、芥川の手のひらはとても暖かかった。
本当、子供って感じ。
だけど、不思議と心まであったかくなった気がして、俺は無意識のうちに、ふっと笑みがこぼれた。


「俺のほうこそ!ありがとう!」


へら、といつもと同じ笑顔で返した芥川。
ホントお前は大した男だよ。
俺が芥川にいつでも立海に来ていいぞって伝えたら、芥川は飛び跳ねて喜んだ。
そして、芥川に負けたためか若干凹んでいる風な丸井の元に向かって、「幸村くんがまた丸井くんに会いに来ていいってぇー!!!」とラブコールしていた。
おい芥川、それはちょっと違うぞ?
まぁ、お礼というか、なんというか。
ここは目を瞑っておこう。


芥川慈郎…。



不思議な男だ。




【幸村】

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