めいん

□MとAの衝動
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教室の窓からのぞくただただ青い空を見上げて、そうするとあるのはその青い空と白い雲。

その日は飛行機雲が見えたから、おれは飛行機になって君に会いに行きたいと思った。



第1話



一週間前。
それは新人戦での出来事だった。
芥川慈郎は当たり前のように氷帝学園中等部に入学し、当たり前のようにテニス部へと入部した。
それは、今目の前で他校の生徒と試合をしている幼なじみの影響なのだけれど。


「ゲームセット!ウォンバイ氷帝、跡部、6-0!」


わあああーっと周囲は歓声に包まれる。
その中央で両手を高く掲げ、こちらに向かって歩いてくる跡部を見ながら、慈郎は当然っしょ!と呟いた。
こころなしか慈郎の顔がにやけているのは、その幼なじみの勝利が素直に嬉しいからで、実は本人はそのことに気付いていない。


「ちゃんと起きて見てたか?ジロー。」
「もち!跡部の試合見逃すわけねぇC〜!」


もー無茶苦茶興奮した!と言う慈郎はかなりテンションが高い。
そんな慈郎に跡部がフッと笑みを漏らすと、昼休みを知らせる部長の指示が聞こえた。
氷帝学園の初戦が終わったのは、ちょうど他のブロックが午後の試合を始める頃だった。
氷帝の試合自体は跡部らの活躍で驚くほど早く終わったのだが、その前にコートを使っていたところの試合が長引いてしまったためだ。


「お腹すいたー。」


と、慈郎が言うと、


「ホント、とんだとばっちりだぜ!」


と、慈郎がテニス部に入って一番に仲良くなった向日が愚痴る。


「仕方ねぇだろうが、文句ばっか言ってんなよ。向日!」
「それより、どこで飯食う?」


その愚痴に対して宍戸が反応し、滝がみんなを促す。


「そうだな、あの木の下にしようぜ。」


大きな木を見つけてそこに視線を送ると、他の者達もその気持ちよさそうな芝生と木陰に目を向けた。
最終判断を下すのはいつも跡部の役割だ。
ぞろぞろと五人で場所をとり、各々が昼食を広げ始めた。
その時、慈郎があっ!と声をあげたので、跡部はどうした?と聞いた。


「おれスポーツドリンクしか持ってきてねぇや!ちょいお茶買ってくる!」


近くの自販機までいってきまーす!と大声で宣言すると、ひょいひょいと軽快な足取りで慈郎はその場をあとにしたのだった。

近くの自販機までやってきた慈郎はうーん、と考えていた。
麦茶にするべきか、はたまた緑茶にするべきか…。
小銭を片手に握り締めたまま、自販機とにらめっこをする形になっていた。
そうしていると、遠くでわあああーっという歓声が聞こえてきた。
跡部のとき程ではないけれど、その声援と歓声は慈郎の興味を引くのには充分であった。

(何?何?どこの誰の試合…??)

純粋な疑問を抱きながら、慈郎は声援を送るギャラリーを掻き分けてそのコートの中を覗き込んだ。
コートの中には、いかにも一年生ですといった感じの白いユニフォームと、明らかにこちらが優勢なのだろう赤毛に黄色いユニフォームが向かい合っていた。

(ん〜?どこ中だ??)

他校に全く興味のない慈郎にはユニフォームを見ただけで学校を判別することは不可能だった。
しかし、この後の試合展開は、慈郎の頭にその学校名を深く刻み込むこととなる。
選手の名と共に…。


「ゲームセット!」


それはあっという間の出来事だった。
時間の問題ではなくて、気持ちの問題。
慈郎はずっと、その選手のプレイに釘付けになっていた。

目が、離せなかった。


(何、これ…。)


「ウォンバイ!立海大附属中、丸井!6-1!」


わあああーっ!
再び起こる歓声の中、慈郎だけが取り残されていた。
ただ、視線だけは彼から離れない。


「何だ…?あのプレイ…。」


思い返せば思い返すほど、鳥肌が立つ。
一年生にして、このテクニック。
素直に慈郎は思った。


「…マジ、かっちょAー!」


慈郎はそう叫ぶと同時に今度は走り出していた。
その赤毛の選手、丸井の元へ。


「はじめまして丸井君!おれ、氷帝学園の芥川慈郎っていーます!今の試合見たよー!!何あれ?!何て技??まっじスゲーよ、君!天才??!」


いきなりやってきた変なヤツにまくし立てられて、丸井は若干戸惑った。
しかし慈郎が発したその最後の一言には、しっかりと反応した。


「お前もそう思うか?やっぱオレって、天才的?」


慈郎は丸井の自意識過剰ナルシスト発言ですらかっちょA!と言って最高の笑顔で大きくうんうんと頷いた。
気分をよくした丸井は、慈郎の目を見て自己紹介をする。


「オレは立海の丸井ブン太だ。全国制覇する男の名前だ、よーく覚えとけよ?」


当然っしょ!
慈郎がそう応えると、二人は握手を交わした。

あれから、一週間。

慈郎は衝撃的な出会いから、普通の生活に戻っていた。
ただ、何故だかあの光景と、その人物を忘れることがない。
眠りにつくと、夢に出てくる。
あの時目の前で繰り広げられた試合と、その試合を作った彼。


(丸井君、何してるかなぁ…。)


いつもならすぐに忘れてしまうか、言われるまで思い出せないのに。
授業中。
教室の机に伏したままぼーっと窓の外を見やると、あの日と同じような青空がそこには広がっていた。


(また、会えるかな。)


その青い空には、珍しく一筋の飛行機雲が浮かんでいた。
空が澄み渡っているせいか、その姿はやけにくっきりとしている。


(…あいたい、な…。)


日に何度も慈郎を襲うまどろみの中で、慈郎は思った。
もう、夢の中だったのかもしれない。


(飛行機になって、飛んで行けたらいいのに。)




慈郎が睡魔に意識を預けるのと同時に、午後の授業終了の合図が、学園中に響き渡った。





つづく

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