めいん

□MとAの衝動
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手のひらにある携帯を、もう何度目か知らない動作で操作する。
いつからだろう。
自分がこんなに、焦がれるようになったのは…。

どうして──…。



第2話



ブン太は気付くとまた、携帯を開いていた。
彼は別に携帯依存症、というわけではない。
ただ、気付くとこうして携帯を気にしていた。
折りたたみ式の携帯を開いて、メールの受信をチェックして、目当ての人物からのメールが来ていないことがわかると、そのまま指を動かして、メールセンターに問い合わせる。
それでも受信がないことを知ると、ブン太の口からはため息が漏れた。


「どうしたんスか?丸井先輩。らしくないっすね!」


こんな時に…うざ。
と丸井は思う。
同じ立海大付属中のテニス部の後輩でお調子者の二年生エースは、どうやら空気が読めないらしい。


「ほっとけ、お前にはカンケーねぇだろぃ。」


半ば投げやりに言葉を返したブン太に、彼は全く動じなかった。


「カンケーねぇっすよ?けどだったら俺の前でそんな大きなため息つかないでくれません?」


いちいちムカつく餓鬼だ、このやろう。
と、ブン太は怒りを堪える。


「…るせーなぁ、だったらとっとと帰りゃあいいだろぃ?!ミーティングだって終わったんだからよぉ。」
「俺はジャッカル待ちなんスよ、今日飯食いに行く約束してて。」
「……ジャッカルのやつどこ行った?」
「今、柳先輩と弱点強化のメニュー話してます。丸井先輩こそ弱点多いんじゃないスか?」
「お前いちいちムカつく。」


とうとう本心を口に出してしまった。
ブン太は短気な性格なので、思ったことを押し留めることができずにすぐに吐き出してしまう。
周囲の者は、最初こそ厄介だと思ったが、今ではそのわかりやすい性格に感謝している。
今彼の目の前で「ムカつく」と言われた張本人、二年生エースの切原赤也でさえ扱いやすい先輩、と思っていた。


「どいつもこいつも…。」


そう言ってもう一度ため息をついたブン太に、今日ずっと思っていたことを赤也が口にした。


「丸井先輩、今日、飯食いました?」
「…は?」
「いつもジャッカルからおやつ横取りしてるのに、今日はしてなかったから。」
「…あ、」


ブン太は赤也に言われてはじめて、今日学校に登校してから自分が何も口にしていないことに気がついた。


「…ホント、どうしたんスか?やっぱ今日なんかオカシイっスよ。やけにイライラしてるみたいだし。」


後輩に指摘されて、さすがのブン太も自分の失態に気まずさを感じた。
ブン太はだって、と思う反面、アイツのせいで自分がこんな風になったとは思いたくなかった。


「あ、まさか昨日、氷帝の芥川さんと会って何かあったとか?!」


その名前を聞いて、どきりとする。
それは顔にも出ていたのか、赤也にもすぐに伝わった。


「え!図星っスか?!えーっ何なにナニ、事件スか!??」
「うるせぇっ!」


ブン太にはそう叫ぶことが精一杯だった。
昨日。
ブン太は週末のしかも部活動が休みのその日、氷帝の芥川慈郎と会う約束をしていた。
いつものように神奈川にあるテニスコートでテニスをする約束…。
二人がこうして会うようになったキッカケは単純で、慈郎がブン太のファンだと言って公式戦までに留まらず、非公式な練習試合にまで、追っかけの如く押し掛けて「丸井くーん!」と叫んでいたところを、他の連中に迷惑だからと現部長の幸村に言われてブン太が交渉しに行ったところ、話の流れで一緒にテニスをすることになった。
昨日だって。
いつも通りにテニスができるものだと思っていた。
ブン太は慈郎とテニスをすることが楽しみだった。
慈郎はブン太と一緒だと、ずっと楽しそうに話したり笑ったり、テニスしたり…そんな慈郎といると、なんだかブン太も嬉しかった。
慈郎がいると、いつも以上の力を発揮しようと躍起になる自分がいる。
ブン太はそのことに気付き始めていて、何故だかそれが心地よいと感じるようになっていた。

それなのに。

昨日待ち合わせの場所にブン太がたどり着くと、そこに慈郎は居なかった。
いつも10分前には来ている慈郎が、待ち合わせ時間より10分過ぎてもまだ来ない。
おかしいな、と思ったブン太は携帯を見て何も連絡がないことがわかると、電車の中だと悪いと思い自分から連絡を取ることはせず慈郎を待った。
30分、1時間と時間はどんどん過ぎていく。
しかし、慈郎は一向に現れない。
いい加減不安になったブン太はとうとうその握り締めていた携帯を開き、慈郎の番号に発信した。
今思えば、これがブン太から慈郎への初めてのコンタクトだった。
電話は数回鳴ると一旦途切れ、その向こうから小さく、もしもし、と声がした。


「芥川?」
『ま、るいく…?』
「何してんだ?今どこ?」
『ごめ…、おれ…。』


いつもより覇気がなくどこか悲しそうな慈郎の声に、ブン太まで変な不安感に駆られた。


「…どうした?大丈夫か?」
『う、うん…だ、』
「うん?」
『…大丈夫じゃ、ない。』
「え…?」

『おれ、丸井くんに会えない。ごめん。』

雑踏の中で、ブン太は一人ぽつんと、その言葉の意味を考えた。
周りはうるさい筈なのに、この静寂はなんだろう。
自分のからだから一気に体温が無くなる感じだった。


「…どーいう意味?なんかあったの?」


冷静に、自分を落ち着かせて、ブン太はまた慈郎に尋ねた。
慈郎は今日来れなくなっただけなのに、なんでこんな一言で…とブン太は気を持ち直す。


『その、ままだよ。おれもう、丸井くんに会わない。』

『会えない。』


会えない?
どうして?
何があった?

なんで…?


「え、全然…意味、わかんねぇんだけど…。」


自分の声が震えているのがわかった。
きっと慈郎に対して怒っているからだ、と言い聞かせる。
そうして、ようやく慈郎から発せられたその驚愕の事実に、その言葉に…。


『おれ、ね…気付いたんだ。』


まるで予期していなかった、展開?


『おれ、丸井くんがすき。』


ブン太の時が、一瞬止まる。
それは、知らなかった事実?


『おれ丸井くんに恋愛感情もってる。』

──きもちわるいでしょ?だから、もう、会えないよ。


何故だかそう言う慈郎の声は、やけに落ち着いていて、はっきりとブン太の耳に響いた。
それに引き換え、その言葉を聞いたブン太は、否定することも肯定することもせず、ただ言葉を失って、慈郎にかける言葉はおろか、次に発する言葉すら見つからない。

──じゃあね。


電話はかけたときと同様、静かに音を失くして、その会話を終わらせた。
ブン太ひとりを取り残して。
通話が終わったことを知らせる機械音だけが、ブン太の耳にまとわり付くように鳴り響いていた。

それから。

ブン太は慈郎のことばかり考えて、考えて考えて。
考えて、いつの間にか、また慈郎から電話がかかってくるんじゃないかと思って、携帯を手放せなくなっていた。
そして気がつくと、メールがないか確認を始めて、着ていなかったら大きく落胆した。


──冗談だC〜!


そう言いながらいつものように笑う慈郎の顔が脳裏に浮かび、そして、あの告白の電話を思い出す。

慈郎は本気だった。

なのに、何も言ってやれなかった自分自身に、ブン太はもどかしい気持ちでいっぱいだった。
でも今更、自分から慈郎に連絡をとることなんてできなくて…。
どうすることもできない苛立ちだけが、ブン太を取り巻いていた。


──丸井先輩らしくないっすよ?

──やけにイライラしてるみたいだし。


赤也の発言によって、ブン太は自分の苛立ちを自覚させられていった。
待っていたジャッカルがやってきて、赤也はさっさと帰ってしまった。
部室には、あの時と同じで、ブン太がぽつんと一人残された。


「…わかってるよ。」


ひとり呟いた言葉は誰にも届かず。
わかっていると言う彼は、まだ何も気付いていなかった。

そして再び、手のひらの携帯を開き──。




つづく

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