めいん

□MとAの衝動
5ページ/7ページ




自分の知らないことだらけのこの世界が、とても煩わしく感じる。

だけど、知らないことだらけだからこそ、その世界が愛しいと思えるのかもしれない。



第4話



外は賑やか、中はひっそり。
そんな穴場的な店を見つけたのは、つい一ヶ月前のことだった。
自分の登下校する道の途中に、こんな街中にこんな店があるなんて。
そこを発見したとき、赤也はまるで宝物を発見したような気分になった。
その店はいわゆるファーストフードを扱う飯屋で、しかしみんながよく知る大型チェーン店ではなく、ひとりのおじさんがひっそりと経営している(悪く言えば今にもつぶれそうな)小さな店だ。
店の外はあんなに人で溢れかえっているのに、誰一人この店に気付こうとしない。
赤也は先程ジャッカルに奢ってもらったホットドックを頬張りながら、ひそかに自分だけが知っている優越感に浸っていた。


「お前も馬鹿だよなぁ、赤也。」
「はぁ?何が。」


向かいの席に座り赤也のホットドックと一緒に頼んだコーラを口にしながら赤也のことを馬鹿だと言うジャッカルに、赤也は先輩に対する言い方とは思えない口調で問う。


「何だよ、馬鹿って。」
「お前、俺を待ってる間にブン太と会話してたんだろう?」
「ん?あー、そうだけど?」


ジャッカルが何を言いたいのかイマイチわからない赤也は、怪訝な顔をするジャッカルを尻目にもぐもぐと目の前のポテトをたいらげる。
そんな赤也を見て、ジャッカルは大袈裟にため息をついた。


「よく話す気になるよなー、お前。今日のブン太は機嫌最悪だっただろ。」
「あー、確かに。なんかイライラしてたっぽいけど。」
「俺には真似出来ないぜ。どうせお前のことだから更に挑発でもしたんだろ?」
「…挑発かどうかはわかんねェけど、原因は言い当てたかも。」
「えっ!」


赤也の発言に、ジャッカルは目を見開いて驚く。
赤也はと言うと、驚いたジャッカルに驚いたのだけど。


「そんな驚くことー?だって丸井先輩がイライラしてんの今朝からだから考えられるとしたら昨日の出来事が原因でしょーが。」


驚いたジャッカルに赤也は非難の声をあげた。
自分よりも付き合いが長くてブン太と仲のいいジャッカルの方が真っ先に気付きそうなものを…。
気付いた赤也がおかしいみたいな驚き方をされてはたまったものではない。


「…昨日?」
「そ。昨日丸井先輩、氷帝の芥川さんと会ってたんでしょ?だから原因は芥川さんかなーって。」
「そうか、昨日は約束の日だったか。」


そう呟いて、ジャッカルは急に真面目な顔付きになった。
赤也は変なジャッカル、と思いながら再びホットドックを口に運ぶ。


「芥川と何かあった…って、何があったんだ?」
「そこまではわかんねぇよ、でも芥川さんと何かあったんすか?って言ったら図星っぽかった。」
「……。」


再び真剣な面持ちで黙り込むジャッカルに、赤也はこっちもかー?とうんざりする。
今日はおかしな日だ、と思った。


「赤也は何も知らねぇからな…。」


まるで大人が何も知らない子どもを諭すような言い方でそう言うジャッカルに、赤也は少しムッとした。
一歳しか違わないのに、その言い方はなんだよ。と反論しようとしたが、それはそれで子どものような気がして出そうになった言葉を飲み込む。


「あいつら実際、すげー仲良しだからな。そりゃもう俺が間に入れねぇくらい。」
「ふーん?」
「その二人がもし喧嘩別れとかしてたら、なんかなー…。」


嫌だな。それは。
と、ジャッカルは静かに呟いた。
ま、確かに知らないけど。と赤也は思う。しかしそれは、今まで興味がなくて知ろうとしていなかっただけで。


「…なんでジャッカルが嫌なんだよ。」
「…なんとなく。」
「なんとなくー?」
「お前もあの二人が会ってる現場見てたらそう思うよ。」


俺はそう思わないと思うけど、と心の中で呟いて、赤也はホットドックの最後の一口を胃に収めた。
ただ、何故だか、いつもと違うブン太やジャッカルを見ていると頭の中がモヤモヤする。


「…てか実際、芥川さんてどんな人なの?」
「……大の丸井ファン。」
「それは知ってるよ!先輩達みんな言ってんじゃん。そうじゃなくて、どんな感じな人?」
「うーん、何て言ったらいいんだ?…てかお前試合とかで見たりしたことあるだろ。」


下手したら普通に会ってるぜ?と言うジャッカルに、思い当たる節のない赤也は首を傾げるばかりだった。
それもそのはず。
入部してからこの方、赤也は立海三強の先輩達以外には負け知らずで、ギャラリーはもちろん、自分より弱い(と思っている)他校は興味はおろか、眼中にすらなかった。


「…気になる。どんなヤツなのか。」
「へぇ、珍し。」


赤也が普段知らない他人の物事にあまり興味を示さないことをよく知るジャッカルは意外だと言わんばかりに赤也を見つめた。


「だってあのお気楽前向き男丸井先輩の機嫌を損ねちまう男だぜ?気になるでしょ。」
「まぁ、興味を持つってことはいいことだけどよ…。」


そう、言ったものの。
自分で言ったその言い訳に、赤也は何故だかしっくりこなかった。
なんでこんなに気になるんだろう?
丸井先輩と芥川さんとの間に何があった?
二人はただの友達だった?どんな関係?


「なんかお前、危なっかしいからなぁ。」「はぁ?」
「なんも知らねぇし。」
「うっせぇ、ジャッカル!」
「間違った追求はすんなよ。特に氷帝の芥川の方。」
「へーい。」


その時はただ。
ジャッカルが先輩風ふかせて他校との関わり合いのことを言っているんだと漠然と思っていた。
確かに、ジャッカルももちろん、そんな軽い意味で言ったはずだ。
だけど、赤也は知らない方がいい世界があるということをまだ知らなかった。
湧いてくる興味と元々所持していた好奇心は、赤也の心と頭の中に巣くって、どんどん蝕んでいくのに。

それには気付かず。

知らなかった世界を知っていくことで感じる充実感。
それは確かに魅力的で。
赤也は、知りたいと思った。
知っているという優越感に浸りたいだけなのかもしれない。

だけど、どうしても芥川慈郎という人物が頭から離れない。


「(多分、会ったこともないのに…。)」


知らないからこそ、なのかもしれない。
だから気になるのかもしれない。
だけど、知ってしまえばどうなるのか赤也は知らない。


「(まぁ、いっか。)」


とりあえずこの衝動は、一次的に封印することにしようと、赤也は食後のコーラを口に含んだ。


「このコーラ、まず…。」
「そうか?うまいけど。」
「…ジャッカルの舌、変。」


今はまだ、知らないままでいよう。
明日はどうだか、知らないけれど。
また明日も丸井先輩は機嫌が悪いんだろうなーと思うと、やっぱりもう接触するのはやめておこう、任せよう、ジャッカルに。という考えが赤也の頭を占領した。


「明日はジャッカルが丸井先輩なんとかしろよ。」
「はぁ?俺かよっ!」


静かな店内に響く二人の小さな話し声に、外にいる人間は誰一人として気付くはずもなかった。






つづく

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ