めいん

□MとAの衝動
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答えは導き出せないまま



第5話



真っ白な廊下と、真っ白な壁と、真っ白な天井と、真っ白な人たち…。
独特なにおいとか、変な静けさとか。
病院というところは怖い場所なんだとブン太は思っていた。
「意外と楽しい。」といつもの優しい笑顔でもらした幸村にブン太の緊張も和らいだのは、幸村が病院に通い始めてすぐのことだった。

エントランスを慣れた様子で横切り、エレベーターを通り過ぎて階段を一段抜かしでのぼる。
少し廊下を歩くと、見慣れた自販機とテレビが見えてくる。
そのロビーに人気はなく、居たのは目的の人物のみだった。
ぼんっ!と勢いをつけてブン太がソファに身を預けると、彼はゆっくりとそちらを振り向いた。


「どうしたんだ?」
「検査の日だなーと思って。」
「…まるでお見舞いだな。入院してるわけじゃないのに。」


ふっと笑って、幸村は片手に持っていたスポーツドリンクを一口口に含んだ。
ブン太はほっとけ!とそんな彼からそっぽを向く。


「で?」
「…ん?」
「何をイライラしてる?」


静かに質問をして、やんわりと答えを促す幸村に、ブン太は自分の中でドロドロと大きく渦巻いている得体の知れない気持ちを全て吐き出してしまいたい衝動に駆られた。
だが、幸村だって別に聖人君子なワケではないし、彼は彼で同じような大きなヘドロを抱えていることをなんとなくブン太は知っていたのでそれをすることを留まった。


「俺、イライラしてる?」
「ああ。してるよ。」


何でそう思うのかとか、そんなことはブン太にとってどうでもよくて。
やっぱり彼は自分を真っ直ぐ見ているんだなと再認識して、少しだけ頭の中が軽くなった錯覚を起こす。


「おかしいな。いつも通りなら今日は逆に機嫌がイイ日なはずなんだけど。」
「え…?」
「昨日。芥川と会わなかったのか?」


もしかしたら最初から最後まで全部見ていて、昨日の出来事とか、芥川の気持ちとか、今日の自分の奇怪な行動とか、赤也の言ったセリフとか、全部知っているんじゃないだろうか。
ブン太の動揺はもちろん簡単に幸村に伝わる。


「何があった?」
「…っ!」


単刀直入な質問に、ようやくブン太は堰を切ったようにこれまでの経緯を洗いざらい吐き出したのだった。






「そうか…。」


幸村はブン太の話を聞いた後、なぜだか一人納得した表情を浮かべていた。
ブン太はいつも幸村のことを見極めきれないでいた。
今もやっぱりわからなくて。


「どうしたらいいのか…わかんねぇんだよ、もう…。」
「…難しく、考えすぎなんじゃないのか?」


涼しい顔をしてさらりとそんなことを言ってのける。
だけどだからこそブン太はそんな幸村に縋りたいと思った。


「どういうこと…?」
「そのままの意味だ。お前は、ブン太は芥川のことどう思ってるんだ?」
「……。」


そしてまたしばらく流れる沈黙の中で、ブン太の頭の中では一緒にテニスをしている時の慈郎の顔や、自分の隣を歩いているときの慈郎の歩幅や、大好きなムースポッキーを頬張っているときの慈郎の仕草などが思い出された。


「(俺は、あいつをどう…?)」


幸村はブン太に難しく考えるなと言った。
だけど考えれば考えるほど、その質問の回答は難解になってゆく。


「どうって…友達だろぃ?」


確かに好きは好きだ。
でもそれがどういった好きなのか、考えるほどわからなくなっていく。
慈郎は自分に恋愛感情を抱いていると言った。
じゃあ自分は──…?
その『すき』は、何の『すき』?


「ふーん。」
「……。」
「じゃあ、お前は何をそんなにうじうじイライラ悩んでるんだ?」
「…え?」


予想外な幸村の返事に、ブン太は目を見開いて幸村を見つめる。


「いや…だからっ、どうしたらいいかわからなくて…。」
「何、どうしたいの?」
「だから…、だからさ……。なんであいつは……」


何であいつは、俺のこと好きって言っておきながら何の連絡もよこさねぇんだよ。
何で自己完結しちゃってるわけ?
俺の気持ちとか、返事とか、そういうのは総無視なんか?
何?何で?
会えねぇって何!
意味わかんねぇよマジで!
言い逃げされて…残された俺はどうしたらいいわけ?
お前はそれでいいんかよ?
もう…ホントに、

会えねぇの…?

あの時の。
初めて慈郎に会ったあの時の光景が、鮮明に甦って…。


「芥川に会いたいの?」


その笑顔をもう一度見たいと思って…。


「会えねぇ…。」


やっぱり、『すき』なんだということに気付く…。


「幸村くん…俺、どうしたらいい?…どうしたらまたあいつに会える…?」
「…ブン太。」
「俺、やっぱりまた…あいつに会いたいんだ。」


伏し目がちにそう呟くブン太を、幸村はいつものように優しく見つめた。
それはまるで、手の掛かる弟でも見ているかのような…。
視線を感じて、ブン太は顔を上げた。
それと同時に幸村はしっかりとブン太の瞳を捉える。
その瞳は、先程の動揺とは正反対で、意志の固まった、真っ直ぐと幸村を見つめる瞳だった。


「それが、お前の正直な気持ち?」
「ああ。」


ブン太にもう迷いはなかった。
それが正しい道なのか、正解なのか、答えを導き出したわけではないけれど。
その会いたいという気持ちは…好きという気持ちは本当なんだと、ブン太には確信があった。


「なら、行ってこいよ。」
「…幸村くん。」
「お前の帰りを、待っててやるから。」

「…行ってくる!」


答えは導き出せないまま…。
だけどその一歩が大事。
ようやく気付いた本当の気持ちを、正直な今のブン太の気持ちを慈郎に伝えるために。


「(幸村くんに聞いてもらってよかった…。)」


ブン太はその第一歩を踏み出したのだった。





つづく

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