めいん

□MとAの衝動
7ページ/7ページ



これまで自分の築き上げてきたものが、音を立てて崩れ去っていく。
その感覚を今、リアルに感じていた。





第6話





おかしい、とは思っていた。
元気がなくなったかと思えば、一週間後には未だかつてないハイテンションで、幼馴染みの自分がその変化に気付かないはずがないのだ。
最近の慈郎は。
跡部は暗闇の中、一人頭を抱えていた。
確信はなかったし、でもだからといって全く予期していなかったわけではない。
ただ自分が、こんな風になるなんてことは思ってもみなかっただけだ。




その日は部活動は休みだったので、久々に丸一日を費やし学校で生徒会の仕事に専念した。
すっかり日も落ちて、時計を見るとすでに夜の七時を回っていた。
仕事も一段落したところで、跡部はいつものように迎えの車を呼びつけ帰路についたのだった。
もうすぐ夏も近いと言っても、こんな時間にもなればさすがに外は暗い。
車がちょうど住宅街に差し掛かる小さな公園に面した交差点で信号にかかり停車したので、跡部はふと、その暗闇に視線を向けた。
するとその先には、見慣れた姿があった。
公園のベンチにちょこんと座り、横を向いていてこちらからはその後頭部しか見られないが、その金髪天然パーマを見間違えるはずもない。
あれは間違いなく幼馴染みの芥川慈郎の後ろ姿だった。
しかし、そこで跡部は違和感に気付く。


(一緒に居る、あれは…。)


慈郎は一人ではなく、誰かと一緒に居る。
慈郎の隣に座り、向かい合っているその誰かは、慈郎本人とシルエットが被っていて跡部の方からは誰なのかがわからない。
まるで見透かそうとするかのように、跡部がその二人の姿をじっと見つめていると、タイミングよく信号が変わり車が動き出した。
自らのポジションが動いたことで、その姿がはっきりと見えてくる。


(…あれは、)


それは、跡部も知っている人物だった。
立海大附属中の丸井ブン太。
慈郎のリスペクトしている選手だ。


(何故…?)


そう思った瞬間、二人の影が重なった。
跡部は自分の目を疑ったが、確かめるのにはもう遅かった。
車はスピードを上げ、自分はその場からあっという間に遠ざかってしまったのだ。




しばらくの間、跡部は放心していた。
気付くとすでに近所でも有名な自宅、跡部邸に到着し、無意識に自室へと向かっていた。
部屋に到着すると、デスクチェアにその身を委ね明かりもつけずに跡部は頭を抱えた。
あれは明らかに、口付けだった。


(慈郎と…立海の丸井が?)


わかることはただ一つ。
自分は動揺している。
ただ何故、どうして自分が動揺しているのか、自分で自分がわからない。

あの慈郎に恋人がいたから?
その恋人が男だったから?
その男が立海の丸井だったから?
二人が、キス、していたから…?

答えはきっと全てで、その全てではない。
だから自分は、困惑しているのだ。
賢い跡部は、頭では全て理解していた。
ただ何故かそのゴールに到達しない自分がいて、それが何故なのかが、わからないのだ。
認めれば、至極単純で簡単なことのように思えた。
しかし一度認めてしまえば、自分の首を絞めてしまいそうで、恐怖にも似たぞわぞわとした感覚が跡部を襲うのだ。

ゆっくり、頭の中で思考を働かせる。
自分は、他人の恋愛に対して無頓着というか、冷めているところがある。
それは自覚しているし、実際想像してみても誰が誰と付き合おうと自分には関係ないと思うし、どちらかというと、跡部は自分さえ良ければそれでいいと思った。
例えば、樺地や宍戸に恋人ができて、それが男で、自分の知る者だったとしても、おそらく、いや絶対跡部はここまで動揺しないという自信がある。


(俺様には関係ねぇ…。)


慈郎は、そうはいかない。
関係ない、と言い聞かせても、それを認めたくない自分が居た。
どうして…?
答えはもう、わかっていたのかもしれない。
初めから。


(…俺、が?)


この心を人は、何と呼ぶのだろうか。
大事な大事な幼馴染みの慈郎は、いつの間にか跡部の中でその枠を越えてしまっていたのだ。



───跡部はジローに過保護すぎるんとちゃう?
───いい加減ジローも一人で大丈夫だろうが、ほっとけよ。
───ジローばっか贔屓すんなよ跡部!クソクソ!



チームメイト達の声が脳裏に甦る。
こんなはずでは、こんなつもりではなかった…。


(慈郎のことを、好き…?)


跡部は抱えていた頭を解放し、ぐったりと背もたれに身を預けた。
全身から力が抜け、脱力する。


「クク…、フフ…フハハハ…ッ!」


何故だか笑いが込み上げる。
声を抑えることなく跡部は笑い続けた。
自分が間抜けで、滑稽で、慈郎を今まで以上に愛しく思えた。


とにかく、今日の真相を本人に確認することを心に決め、跡部はようやく立ち上がり暗闇の部屋の明かりを灯したのだった。




つづく

前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ