おだい

□ボブよりむしろキノコ
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ボブよりむしろキノコ



向日岳人は、その日ずっとイライラしていた。
何故かというと岳人の大好きなアイドル(もちろん女の子)がその長かった髪の毛をばっさりと切ってしまったからだ。
そして、部活の時間になってもまだ、そのイライラは治まらないらしく、先程から部室の雰囲気は最悪であった。
岳人の保護者である忍足にも、これには手がつけられない。
しかし芥川慈郎だけはそんな部室の空気を気にもせず幸せに眠りこけていた。
岳人はとうとうそんな慈郎にまで頭にきたのか、本人に向かって怒鳴り始めた。


「くそくそ!ジロー!何寝てやがんだよっ!!」
「…んあ?」


さすがの慈郎も、岳人のこの怒鳴り声に目を覚ます。


「俺の大好きなアイドルが髪切っちゃったんだぞ?!お前にこの辛さ、わかんねーだろ!!」


慈郎が目覚めたことをいいことに、岳人のマシンガントークが炸裂する。
それを止めようと、鳳が宍戸に促され(逆らえない。)口を出した。


「向日先輩の大好きなアイドルって、あの新発売のチョコレートのCMに出てる子ですよね?」
「あぁ?そうだけど!」
「か、可愛いですよねー、オレ、髪切った後もいいと思いますよ?ホラ、今ボブヘアーとかも流行ってるじゃないですか!!」

鳳は我ながら上手いことを言ってのけたと一安心すると、宍戸に目配せをする。
宍戸は鳳にアイコンタクトでよくやった!と告げた。


「ボブヘアー?」


鳳の言葉に耳を傾け、若干大人しくなった岳人に、忍足もようやく口を挟んだ。


「そやそや、がっくん!元が可愛いんやから似合うてないことあらへんやろ?そんな辛い言うたらあかんよ、応援してあげんと。」
「…う。そう、だけど。」


忍足の言葉によって、岳人は更に勢いを落とす。
これはいける!と忍足は思った。
周囲の人間も同じように思ったのだろう、忍足の方をじっと見つめていた。
平穏な部活動のため、忍足は言葉を選びながら岳人に話し掛ける。


「がっくんは長い髪やったから、そのアイドルが好きやったん?」
「そんなワケでもないけど…でも長い方が好きだったの!」


岳人は自分の鞄の中から無造作に雑誌を取り出し、髪を切った後の渦中のアイドルが特集されているページを開いた。
そしてその横には、岳人がいつも持ち歩いているブロマイドを並べた。


「ほら、見てみろよ!こ、こんなにばっさり…!!」


岳人の取り出した雑誌と写真をみんな興味本位で(実際、向日をここまでにした原因がどれほどのものか気になっていた。)覗き込んだ。


「…可愛いボブやん。」


忍足がそう言うと、今まで半分眠っていた慈郎が口を開いた。


「ボブって誰?」


その発言に、部室内の誰もが一斉に吹き出しそうになったが必死に堪えた。
そしてすかさず鳳が慈郎のフォローのために説明をする。


「ジロー先輩、ボブっていうのは人の名前じゃなくて髪型のことですよ。ほら、ちょうどこんな感じです。」


そう言って鳳は雑誌の中の女の子を指差した。


「ふーん、ボブってゆーか、キノコって感じじゃね?」
「…キノコ?」


岳人は慈郎のこの発言に完璧にフリーズしてしまった。
周囲の者も、先程から顔を歪めながら笑うまいと堪え、鳳や忍足に至っては少々苦笑いになっている。


「ジ、ジロー先輩、さすがにそれは…。」


あまりに痛々しい岳人に見兼ねて鳳が口を出すと慈郎はまたとんでもない発言をかました。


「つーか、キノコっつったら日吉だよな。」

「……。」


数秒間の沈黙の後、我慢の糸が切れた。


「…ぷ。」
「あはははは!」
「じ、ジロー、そらあかんで!」
「ひよ、日吉…キノコっ!あはは!」


部室内は一瞬で笑いの嵐に包まれた。
特に忍足と宍戸はツボにハマったらしく、日吉の顔を見てはバンバンと机やロッカーを叩きながら笑い転げる始末だ。
慈郎は何がそんなに可笑しいの?と自分の発言の破壊力に全く気付いていない。
急に名前を出された当の日吉はというと、顔を真っ赤にしておまじないのように下剋上…と呟き、必死に怒りを抑えていた。


「がっくん、日吉と同じ髪型でも可愛EーからEーじゃん、ね?」


おれこっちのがすきー。と、固まっていた岳人に捨て台詞を吐いた後、慈郎はおやすみーと言って再び眠りについてしまった。
その時の岳人の様子に、部室内は再び暗い静寂に包まれたのであった。







岳人の怒りがその後一週間続き、それに上乗せする形で日吉の機嫌も悪かったということは言うまでもない。






ボブよりむしろキノコ

 

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