おだい

□カップルクラッシャー
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カップルクラッシャー



岳人と忍足は、固まってその場を動くことができなかった。


「おめぇら帰れ。」


そう言われたらハイと答えるしかないのだが、残念ながら今から部活なのだ。
返事をすることもできず、二人はただただその言葉を放った顰め面の慈郎を呆然と見やることしかできなかった。

時間を遡ること数時間前、それは朝練終わりの出来事だった。
珍しく跡部と慈郎が喧嘩を始めた。
周囲の人間公認のバカップルの二人が喧嘩をするなんて、誰も予想していなかったに違いない。
跡部は慈郎に激甘だし、慈郎は慈郎で天然の甘え上手だから。
だが、それは突如、始まってしまった。
原因なんて覚えていない程とてつもなく些細なことだったはずだ。

跡部はアレで結構大人な面もあるので(お前ホントに中学生かと言いたくなるほど。)、今頃もう怒りは冷めているに違いないのだが、問題は目の前にいる慈郎だった。
慈郎は怒ると手がつけられない。
しかも今回は跡部(恋愛)絡みだったのでいつもより数倍性質が悪かった。

そして、その被害者第一号となったのが、岳人と忍足の二人だった。


「いつもベタベタしやがって、とくに忍足キモイ。マジキモい。てかウザイ。ここどこだと思ってるワケー?」


授業中はひたすら寝るだけの慈郎だが、さすがに部活中は起きている。
そして起きているからにはそのイライラをどこかにぶつけて発散しないと気が済まないらしい。


「おめぇら見せつけてんじゃねぇよ、帰れ。」


で、この言葉である。
岳人もさすがにこれは言われ過ぎだ、と思い口を出そうとした。
しかし、それは相方の忍足によって遮られてしまった。


「ジロー、ちょお待ち。お前の機嫌が悪いからって、それは言い過ぎやろ。少し反省し。」


そんな忍足に向かって慈郎はじろりと視線を送るとまるでヤンキーのように悪態をついた。


「あん?忍足の分際で何言ってんだおめぇ。」

「凄まれても恐ないで、ジロー。自分が恋人と喧嘩しとるからって他の奴に当たるのやめぇや。」

「万年しあわせそうなアホタリにそんなこと言われたくないCー。自分だって知らないだけで実はがっくんに嫌われてんじゃねぇの?」


慈郎のその一言に、忍足は沈黙した。
岳人は良くない方向に転がっていく状況に慈郎に言われるまでもなく帰りたくなってきた。
慈郎が忍足に放った一言は受けた本人にとってとても強烈だったようで、岳人の「ゆうしー?」という呼び掛けにも全くの無反応だった。
岳人はやれやれとため息をつきながら「なぁジロー、」と慈郎に向かって口を開いた。


「ゆっとくけど、俺とゆーしはそんなんじゃないから…。」

「んー?」


慈郎の機嫌の悪さは相変わらずだ。


「だから、俺とゆーし、そんなにベタベタしてない!つか、俺ら恋人とかそーゆーんじゃねぇし!」

「は…」


は?何言ってんの?と慈郎が切り出そうとした瞬間、その声を遮る声が出現した。


「何言うてるの!がっくん!!ほならあの愛の誓いは全て嘘やったん…!??」


涙ながらに大声で叫ぶ忍足に、岳人はしまった、という表情を浮かべた。
岳人なりに考えた行動だった。
俺達はカップルじゃないので、ジローに害はありません、もうほっといて!という作戦だったのに。


「ひどいやん!あんなに好き好き言うてくれてたのにっ!!やっぱり岳人はホンマは俺のこと嫌いやったんか…?!」


状況はただ悪化しただけだったようだ。
慈郎は慈郎でまたもやウザいなーという視線を二人に送るばかりだった。


「あーもー!ゆーしのバカタレ!もうちょっとだったのにぃ!」

「馬鹿…?関西人に阿保やなくて馬鹿ゆうたね…?!あーそーです!一人恋人気取りしとった俺が馬鹿や!!もう岳人なんか知らんわ、何処へでも去ねや。」

「はぁ?!な、なんでそうなるんだよっ!一人で勝手に自己完結すんなよゆーし!」


二人の論争は激しくなるが、慈郎は我関せずで眉を潜めるばかりだ。
そこへ、また新たな標的がやってきた。


「うるせーな!お前ら準備出来たんならとっとと外周行って来いよ!」

「あ、ほら、ジロー先輩も…。」


何も知らない宍戸は忍足と岳人を一括し、外へ促した。
同じく何も知らない鳳は、今一番触れてはいけない者に声をかけてしまった。


「…おれ行かない。」

「あ?何言ってんだよジロー。」


鳳への慈郎の返事を聞き付けて、宍戸は慈郎を見下すように言った。
しかし慈郎はそんな宍戸を気にも留めず、だからさぼり〜と言い返した。


「んなの堂々と許されるわけねぇだろがっ!」

「そうですよ、ジロー先輩。俺達と行きましょう?」

「…俺達?」


その鳳の言葉に慈郎は敏感に反応した。
二人はそのことに気がつかない。


「おめぇらと一緒にとかマジ勘弁だCー。」


慈郎はその場に縮こまり、もう決してここから動きません、という体勢をとった。
そんな慈郎に対して頭にきた短気な宍戸は、慈郎のシャツの襟部分を掴んで引っ張り上げながら叫んだ。


「何ワガママ言ってんだよ!いつも跡部がお前に甘いからって許されることと許されねぇことがあんだろうがよっ!」


すると突然。
慈郎が立ち上がり、宍戸に対して面と向かった。
そして、未だかつてない怒鳴り声を部屋中に響かせた。


「跡部関係ねぇCーっ!!」

「…なっ、何だよお前。さっきから…何で拗ねてんのか知らねぇけど八つ当たりしてんじゃねぇよっ!」


宍戸のごもっともな意見にその横で鳳もうんうんと頷いている。
そんな二人が更に気に入らない慈郎は、はぁ、とため息をついて再び口を開いた。


「ちょた。」

「は、はい?」

「おめぇ、自分の意見はねぇわけ?」

「え?」


鳳は自分の言われてることがよくわからず、首を傾げた。
もともと慈郎の言ってることを普段から認識することが苦手な鳳には当然だが。


「お前、宍戸がいねぇと何もできねぇよな…。」

「え…っ、」


慈郎の発言に、見兼ねた宍戸が声をあげた。

「おいジロー!そりゃ言い過ぎだろうが。長太郎だって普段から努力してんだからよ。」

「…まだわかんねぇのかよ、宍戸。おめぇがそんなだからいつまでたってもちょたがノーコンなんだよ!」

「…な!」


慈郎のキツい一言に宍戸は軽く衝撃を受けた。
面倒見のいい宍戸はいつも鳳を気にかけていた。
しかしそんな宍戸も、最近では自分が介入し過ぎなために鳳の成長を妨げているのではないか、と若干気になっていたところだった。
そこへきて慈郎のこのはっきりとした発言…。
やっぱりそうなのか、と宍戸は落ち込む。


「そ、そんなことあるわけないっす!ノーコンなままなのは、自分の責任です…!」


今度は先程と反対に、鳳が宍戸を庇う。
しかし、慈郎にとってこれを潰すことは容易だった。


「だからおめぇもいい加減わかれよ、宍戸にメンタル的な不安を与えてんの!ちょたは!」


この最後の一言で、鳳も宍戸と同じく灰になった。
あーもーめんどくせー、ねる。といって諸悪の根源である張本人はころんと寝転がり眠りにつき始めた。


その時。
再び何者かが現場へとやってきた。
その何者かは、ばたん!と大きな音を立てて部室のドアを開けると、灰になったダブルスぺアの間をすり抜けて、ドアの方に背を向けていた慈郎の方に向かってズカズカと歩み寄った。
慈郎がうるせぇ〜なぁと思ったのもつかの間、その人物にひょいと首根っこを掴まれて引き上げられてしまった。

ふと、眼をあけてみると、そこには泣きボクロを携えた、綺麗なブルーの瞳があった。
(眉間にシワが寄っていたことは見なかったことにする。)


「あ、ああああとべ…。」

「よう、なに眠ってやがんだ、アーン?」

その瞳からも声色からも、多少なりとも相手が怒っていることが伺えた。
しかし慈郎は自分も彼に対して怒っていることを思い出した。


「おれまだおこってるよ、あとべ。」


強気になった慈郎はそう跡部に返した。
すると。


「わかってる。」

「おれゆるしてないよ。」

「ああ。」

「おこってるままだよ、おれ。」


そこまで慈郎が訴えると、跡部は突然今まで掴んでいた手を放し、今度は優しく包み込むようにやわらかく慈郎を抱きしめた。

「…俺が悪かった。悪かったよ、慈郎。すまねぇな。」


優しくて、切ない。
そんな声。
その声を聞くと、何故か慈郎は安心した。
今まで張り詰めていたものが全て解かれた気がして、自然と涙が溢れてくる。


「……ごめんね、あとべ。」

「泣くな、ばか。」


跡部は先程より強く、ぎゅっと慈郎を抱きしめた。


「さ、部活出るんだろう?慈郎。」

「うん!あとべ今日相手してくれるー?」

「仕方ねぇな。じゃあさっさと行くぜ。」

「うっれC〜!」


今までの荒んだ嵐は何処へやら。
バカップル二人はいちゃいちゃしながら部室を後にしコートへと向かった。

灰になったままの宍戸と鳳を残して…。
















(おまけ)


「なぁ、がっくん…。」

「なんだよゆーし…。」

「確かに俺らはあの後跡部に何とかしろやゆうたけど…。」

「ああ、こうなったらなったで、なんかムカつくよな…。」


コートの中でもいちゃつく跡部と慈郎に、冷めた視線を送る二人がいた。


「…俺ら、何やったんやろな。」

「よせ。もうそれ以上何も言うな、ゆーし…。」


なんだか空しくなるから…。








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