おだい

□プリン食ったのだ〜れだ
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プリン食ったのだ〜れだ



「ないっ!」


丸井ブン太は怒りにわなないていた。
それは、そこにあるはずの物の姿が忽然となくなっていたから。


「どーしたの?丸井くんっ!」


ブン太の叫び声を聞き付けて急いでその現場に駆け付けたのは、昨日から泊まりで丸井家に遊びに来ていた芥川慈郎だった。
ブン太は慈郎の姿を認めると眉間に皴を寄せたままのその恐ろしい怒りの形相で怒鳴って訴えた。


「ないんだよ!」

「…何が?」


他の奴なら怯んで逃げたくなるようなブン太に怖じ気づくこともなく、慈郎は冷静に聞き返した。
ブン太はそんな慈郎が愛しいのだけど。


「ないんだよ、俺の…」

「丸井くんの…?」

「俺のプリン!!」


食い物に関して、丸井ブン太という人物は他に類を見ない程の執着を持っていた。
俺の(食い)物は俺のモノ、お前の(食い)物も俺のモノというジャ●アンっぷりで、立海大付属中では有名だった。
勿論、慈郎はそのことを承知で、今目の前に居るブン太がどれほどの怒りに満ちているのかイヤというほど(実際全然イヤではない。むしろカモン)わかった。
愛故に…。


「誰だよ、俺のプリン食った奴…。」

「…丸井くん。あの…」

「絶対許さねぇっ!!」


慈郎はブン太に何か言おうとしたが、怒りに我を半分くらい忘れているブン太には気付かれることがなかった。
そんな自分勝手なブン太を前にしても慈郎はカッコEーなぁ、丸井くんは…!ぐらいにしか思わなかった。


「あ!」

「なに?丸井くん!」

「そーいや皆いねぇじゃん!さては逃げたか…?!」

「あ。丸井くんの家族はみんなおばあちゃんの家に行くって言って出掛けていったよ?」


丸井くんが起きるちょっと前だよー。とへらへら笑顔を浮かべながらブン太に話す慈郎に、ブン太は「何芥川、嬉しそうじゃん?」と問うと「丸井くんのお母さんに若い二人でゆっくりしてねってゆわれた〜!」と答えた。
お見合いみたいだよね〜と慈郎が言うとお見合いの段階でお泊りなんかしねぇだろぃとブン太が答えた。
じゃあ新婚さん?と可愛いらしく首を傾げながら言う慈郎にブン太は完璧にノックアウトだった。


「それにしても誰もいないんじゃ追求のしようがねぇな…。」

「丸井くん!」

「ん?何だぃ、芥川?」


ようやく慈郎の呼びかけにブン太が応えた。


「うん、あのさ、丸井くんだよ?」

「え?」


また慈郎が突拍子もないことを言った、とブン太は思った。
慈郎はいつもブン太の予期しないことを口走る。
そんな慈郎に興味を抱いたのは事実で、だから今、こうして二人一緒に居るのだけれど。


「どういうことだよ、芥川?」

「うんだからね、プリン、食べたの丸井くんだよ。」

「…は?」


慈郎は真っすぐな瞳でブン太を見つめたまま、プリンを食べたのは他でもないブン太だと言う。
…それはおかしいんじゃねぇの?とブン太は思ったが、顔をしかめただけでその言葉は飲み込んだ。
その代わりに別の言葉で慈郎に問い掛けた。


「そりゃどういう意味だ…?」

「だからぁ、誰かが食べたんじゃなくって、丸井くんが自分で食べたんだよ?昨日。」


ほら、思い出して!と慈郎には言われたものの、ブン太には全く記憶がなく、思い当たる節もない。
慈郎が嘘をついているとも思えないブン太は、うんうんと唸って考えるばかりだった。
それでもやっぱりそんなことをした覚えがないブン太は、とうとう諦めて慈郎に申し出た。


「俺、自分で食ってないぞ?そんな覚えないもんよ。」


ブン太のその言葉を聞いて、慈郎はひどく驚いた顔をした。


「えー?!覚えてないの〜っ??!」


そんな慈郎にブン太はどんなに思い出そうとしても身に覚えがないんだから仕方ないだろぃ!と開き直って反論した。
慈郎はそんな反論をものともせずに、今度はニヤニヤ笑いながらブン太に話し始めた。


「丸井くんてば、夜中にもぞもぞ起きだしたかと思ったら、真っ直ぐキッチンに行ってプリン食べたんだよ〜!寝ぼけてたの?!かーわぃ〜い!!」


ブン太は納得いかなかった。
何がって、可愛い慈郎にかわいいと言われたことが、だ。


「お前に可愛いなんて言われたくねぇよ。」

「またまた〜怒っちゃってか〜わE〜っ!」


慈郎の行動は可愛い。
こうやってブン太をからかっている姿すら可愛い。
だが、黙ってずっとからかわれてあげるほどブン太は優しくなかったし、むしろブン太はSなのでこの状況を打破しようと行動に出た。


「慈郎、それ以上言うとこの口塞ぐぞ。」


自分の左手で慈郎をぐいっと引き寄せると慈郎の顎を右手で掴んで上向きにし、あとちょっとで引っ付くというくらいにまで自分の唇を相手の唇に近づけた。
要は吋留めだ。


「ぅえ?え?あ、ま、丸井くん…??」


慈郎は明らかに動揺していた。
その姿に満足したブン太はさらに追い撃ちをかけた。


「"丸井くん"じゃねぇだろぃ?」

「えと…ぶ、ブンちゃん?」


ブンちゃん、と疑問系で正解を求めるようにブン太を呼びかける慈郎にブン太はもう歯止めが効かなかった。


「可愛すぎるっつーの!」

「ぇ?」


慈郎に有無を言わせず、ブン太はその赤い唇に貪りついた。
慈郎自身は一体何が起こったのか一瞬把握できていないようだった。


「ん…!ん〜っ!(くるしいっ…力抜ける!)」


慈郎の抵抗も空しく、ブン太は唇に噛り付いたまま放そうとしない。
ここでブン太は、ふと、あることに気付いた。


(甘い…。)


元々甘いモノには目がないブン太はいつも以上にその甘い唇を堪能した。
唇だけではなく、その舌は彼の本能のまま、慈郎の口内までもを犯し始めた。


「んふっ、ぁ…!(ちょ、ちょっとブンちゃん〜?!)」


慈郎はブン太のいつも以上のこの行為に、多少焦り始めていた。
一方のブン太は、この甘さに思考を奪われつつ、ひとつの答えに辿り着こうとしていた。


(…この甘さ…。)

「…慈郎。」


ブン太はようやく慈郎を解放した。
しかし、両手はしっかりと慈郎の肩を掴み、逃さないと言わんばかりにブン太は慈郎を見つめていた。


「はぁ、はぁ…な、何??」


荒い息を繰り返す慈郎に対して特に労ることもせず、ブン太は先程導き出した答えを吐き捨てた。


「お前、プリン食っただろ!」


今の今まで荒い息を繰り返していた慈郎の呼吸がひゅっという音を立てて沈黙した。
表情は固まり、ブン太から目を離せずにいた。


「…図星だろぃ。」


そう言ってブン太はいつも食事を食べ終わったあとにするように、自らの唇の回りを一周、舌でぐるりとなめ回した。


「…あ!」


その動作でようやく気付いたのか、慈郎はばっと両手で自分の口を覆う。
しかし、時既に遅し…。


「へぇ〜、芥川君はぁ、俺の大事な大事なプリンを食っちまったうえにー、それを俺のせいにしてたってわけですかぁ〜?」


明らかに不機嫌な表情をその顔に携え、嫌味ったらしく慈郎にそう言ってやると、言われた慈郎は手で口を覆ったままその瞳に涙を溜めてふるふると首を左右に振った。
ブン太は怒っている最中にも、何て可愛い奴め、と思った。


「ちが…ちがうよ〜…。」


慈郎が弱々しい声音で訴えるが、ブン太は決して退かない。(なぜならSだから。)

「じゃあなんだよ、食ったんだろぃ?」

「く…食ったけど。」


いよいよ白状した慈郎に、ブン太は多少満足した。
もう許してやろうかな、俺も慈郎には甘いぜ、とブン太が思考を巡らせていると、その間にも慈郎は言葉を続けた。


「たまにはおれもブンちゃんからかってみたかったんだもん…。」


俯いてそう呟く慈郎に、ブン太は本日何度目か知らない理性が吹っ飛ぶのを感じた。

(やめやめ!俺もう慈郎ゆるさねぇっ!)


「ブンちゃん?」

「慈郎、ゆっとくけど食い物の恨みは万倍返しだぜぃ?」

「え?え、ええええどど、どゆこと?!」


不適な笑みを浮かべるブン太に対して慈郎はらしくもなくテンパって動揺を隠せない。
ブン太は興奮している頭の片隅で、そういえば朝方慈郎は俺よりも早く目が覚めてたんだよな、ということを思い出した。
実際ブン太が目覚めたのはついさっき、昼前で、大方、中々起きないブン太に対しての慈郎の可愛らしい悪戯だったんだろうと思い当たった。
そのことに気付くとますますブン太の顔はにやけるばかりだった。


「大丈夫。優しくしてやるから安心しろぃ!」

「へ…?」


こうして慈郎はブン太の部屋へと連行され、夜までプリンの代わりにブン太に美味しくいただかれたのである。



プリン食ったのだ〜れだ

 

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