おだい
□はいはい、萌え萌え
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はいはい、萌え萌え
萌え、とは。
何て不思議で不可解な言葉だろうか。
「もっと萌えろよ!おれに!」
突然慈郎が跡部の前にあほな恰好でやってきたかと思うと、突然吐き出した言葉は『萌え』であった。
「アーン?」
跡部はいつも以上に眉間の皴を深く寄せ、まるで睨みつけるかのように慈郎を眺めた。
睨まれている本人は、そのことを全く気にしていないのか、同じ言葉を連発するばかり。
「アーン?じゃねぇー!萌え〜だろ。」
いい加減。
慈郎のその真意が読めず、意味もわからない跡部はため息をつきながら慈郎を諭した。
「あほなことばっか言ってんなよ。てめぇ、全然意味不明だぞ、それ。大体その恰好はなんだ!恥ずかしくねぇのかよ…。」
今の慈郎が一体どんな恰好をしているのかというと、いわゆる女装、というやつだ。
誰から借りたのか知らないが、氷帝学園中等部の女生徒用の制服を着ている。
さらに、それだけではなく、慈郎の頭にはよく女の子がつけているカチューシャのようなものに、猫の耳がついた物が装着されていた。
何だこれは?!と無知な跡部は純粋に疑問を抱いた。
「そりゃー最初は恥ずかしかったけどさぁ…あとべのためじゃん!かわいいっしょ?おれ。」
そう言って小首を傾げる慈郎は確かに可愛い。
だが、跡部の頭が追い付いてこなかった。
「…てゆーか、どっから入手したんだよ、それは。」
半ば呆れた顔をして慈郎に問い掛けてやると、慈郎の口からは跡部が最も関わってほしくないと思っている人物の名が出た。
「忍足が。あとべには"萌え"を、"萌え"にはこのアイテムを…!ってゆって、くれた。」
跡部は心底、あの伊達眼鏡の眼鏡を奪って粉々にしてやりたいと思った。
その日の休み時間、慈郎は珍しく忍足の元へとやってきていた。
忍足は珍しい客に嬉しいと思う反面、いつもは跡部にべったりな慈郎が自分の元へとやってきたことに不思議な感覚を覚えた。
「どないしたん?跡部は?」
「…んー?」
眠いのか、機嫌が悪いのか、慈郎の反応は鈍く下を俯いたままであった。
ただ事やないかもしれへん…、と忍足は心中ドキドキしながらもう一度慈郎の返事を待った。
「なぁ、忍足ー。」
「ん?なんや、ジロー?」
「何かが足りないんだよ…。」
「は?」
そんな抽象的に、何かが足りない。なんて言われても。
氷帝の天才、忍足侑士にだってわからないことくらいある。
「…どういうことなん?それは。」
「おれ、何かいけねぇのかな…?」
「跡部絡みなん?」
「そうなんだよ!」
一見会話になっていないような会話がいつものこの二人の会話である。
跡部絡み、ということはつまり。
忍足はようやく自分の本領を発揮するときがきたと察知した。
「なんでもええから、俺に話してみ?」
「最近、あとべ忙しすぎると思わない?」
「…まぁ、生徒会長やしねぇ。」
「おれさ、ほっとかれすぎだと思うわけ!」
慈郎は忍足に掴みかからんとする勢いで訴えた。
慈郎いわく、要は「愛が足りない!」らしい。
まぁ確かに普段からあれだけべったりだったらなぁ…、と忍足は遠い目をしながらひとりごちた。
「あとべはひどい、おれこんなに寂しいのに!」
「仕方ないやん、仕事やし…。」
「…そーだけどさ。」
「ジローは、跡部に構ってほしいん?」
忍足はズバリと慈郎の心を言い当てた。
自称・ラブハンター(←若干意味不明。)は伊達じゃない。
(眼鏡は伊達だけど。)
「うん!そう!……でもダメだC〜…、おれ魅力ないから。」
あとべが今やってる仕事よりもね、と寂しそうに笑う慈郎に、ラブロマンス好きな忍足は胸を打たれた。
これは俺がなんとかせなあかん!
そんな変な使命感から、忍足は慈郎の両腕をがしっと掴む。
「あかん!ジロー!泣き寝入りすな!」
「…おしたり、」
「俺が何とかしてやるさかい、気ぃ持ち直しや?」
「う、うん。」
「足りんのは跡部や…跡部に"萌"が足らんのや!」
「もえ?」
「そや!跡部には"萌"を!"萌"には…これや!」
そうして忍足が出してきたのは、この間のクラス会(クラス毎のレクリエーション)で、忍足がゲームの景品としてもらった猫耳のカチューシャであった。
「こ、これが…萌え?!」
「そや、ジロちゃんがこれを装備すれば、跡部も色んな意味で萌えに萌えまくるに違いあらへん!メロメロやで…!」
「めろめろ…!」
「跡部なんかジロちゃんの本領を発揮してまえばイチコロや☆」
「まじまじ?!すっげぇーっ!!」
こうして、いつの間にかオタクな眼鏡にしっかりと唆された慈郎は、言われるがままに"萌"な恰好をさせられたのだった…。
「…てめぇ、それでハイそうですかってその恰好かよ。」
「だからあとべ!おれに萌えろ!」
大体慈郎は、一体どういう意味で"萌え"という言葉を使っているのか…。
跡部自身、その言葉の意味するところがよくわからなかったが、話の流れからして、つまり慈郎は自分に燃えろ、と言っているのか?と跡部は解釈した。
「もの凄ぇ誘い文句じゃねーの、アーン?」
「え?さそ??」
「慈郎、てめぇ俺様に構ってほしいんだろ?そして燃えろって…そういうことだろう?」
「何言ってんの、あとべ!萌えっていえば猫耳なんだよ!そして制服なんだよ!」
「あーもーうぜぇ!萌えだかオタクだか知らねぇがな、そんな恰好で俺様の前にやってきたってことはそれなりの覚悟か期待ってもんがあるんだろう?慈郎よ、アーン?」
跡部が一気に言葉を言い終わると、慈郎は顔を真っ赤にしてその場で固まってしまった。
図星、だったのか、今ようやく自分の行った行為の意味に気付いたのか。
ただ、跡部の優勢な方向に進んでいることだけは間違いなかった。
「…ハンッ!何が萌えだ!主導権は渡さないぜ?」
「え…えぇー?!どどどどーゆーこと??!」
「どーもこーもねぇだろうが。」
幸いにもここは跡部邸にある世間の中学生より幾分も広い彼の自室であり、好都合にも慈郎の居る場所は広い部屋にある広い彼のベッドの上だった。
なので、跡部は困惑する慈郎を無視してその体をその場に押し倒してやった。
「ちょ!ちょ、ちょ、ちょーっ!!」
「うるせー、少し黙れ。」
「黙らない黙らない!ちがうからあほべ!俺こんなためにこんなかっこしたわけじゃないから!」
「アーン?」
「ただあとべに萌えって言ってもらいたかっただけだから!つーかメロメロ!!」
押し倒されても尚、抗議と共に抵抗を続ける慈郎。
跡部はそんなことをされ続けては、この後の行為で自分が疲れることが目に見えていたので、よくわからないがとりあえず慈郎に同意しておこうと思った。
「はいはい、萌え萌え。」
「!」
「…てゆーか、俺は始めからずっと慈郎にメロメロだよ、バーカ。」
耳元でそう囁くとあっという間に慈郎はおとなしくなってしまった。
いくらこの跡部様でも、可愛い慈郎を目の前にしてお預けをくらったままではたまったものではない。
しめしめと跡部はそっと慈郎の頬に唇を落とした。
なんだか跡部の思惑通りにばかり事が進んでいるようで、おとなしくなった慈郎も内心腑に落ちなかった。
「あとべ。」
「アン?」
「今のマジ?」
冷静にそう聞き返す慈郎に跡部は適当なことは言えねぇなと思い、正直に言葉を紡ぐ。
「萌えは嘘だ、よく意味がわかんねぇ。メロメロなのはホントだぜ?」
「あ、あとべ…。」
跡部の言葉に慈郎は今日初めてかもしれない幸せそうな笑顔を浮かべた。
(!…かわいいじゃねぇの!)
いつもとは違う恰好に、可愛い慈郎の笑顔もプラスされ、跡部の心と体は一気に燃え上がった。
(…これが"萌え"なのか?)
そうやで、景ちゃん!と、どこかのオタクの言葉が聞こえてきたようで、気分を害しそうになった跡部はふるふると頭を左右に振ってその存在をなかったことにした。
(あの眼鏡は明日処刑だ!)
「あとべ大好き!」
「俺もだぜ、慈郎。」
二人の夜は長く、いつも以上に熱く。
二人は口付けを交わすと闇の中に埋もれて燃え尽きるまで燃えたのだった。
おまけ
「俺のおかげやで。感謝してや!…あと猫耳返して!」
はいはい、萌え萌え