おだい

□命短し恋せよオレら
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命短し恋せよオレら



ひたすらテニスをして、日が暮れようとしている頃。
ブン太は先程まで走り回っていたテニスコートの横にあるベンチの上に寝そべって、その傾く夕日を眺めていた。
運動した後の熱気のせいで、ぼーっとする頭でふと、考えた。


「"地球にやさしい"って言葉があるじゃん。」

「……うん?」


その呟きに応えたのは、先程まで一緒にテニスをしていた、ブン太の寝そべるベンチの下で同じように寝そべっている慈郎だった。


「…どういう意味?」

「え?」


突然のブン太の質問に、さすがの慈郎も考える。
うーん、と唸り声を上げたかと思うと、真面目な様子で応え始めた。


「環境問題の話じゃなくてー?」


ブン太はうん、だよなー、と言うと空を見上げたまま黙り込んでしまった。
慈郎はそんなブン太になんとなくドキドキしながらも沈黙を破ることにした。


「あれでしょ?地球を汚しちゃったりとかしてたらいつか地球が壊れてなくなっちゃうからやさしくしましょー、ってやつでしょ?」


一生懸命話す慈郎にちらと視線を送ると、ブン太はいつもの優しい顔で微笑んだ。


「そうそう。ジローよく知ってんなぁ。」

ブン太に褒められて慈郎はえへへと照れた笑みを浮かべた。
可愛いやつ。とブン太は思いながらさらに言葉を続ける。


「でもさぁ、それ、間違ってるだろぃ?」

「えっ」


慈郎はブン太のいう意味がわからず、こてん、と首を傾けた。
ブン太はそんな慈郎から視線を外し、また、どこか遠くを見つめる。
なんだか切ないような、悲しいような、複雑な気持ちになった。


「…丸井くん?」

「……。」

「泣いてる?」


ブン太ははっとした。
何を一人で考え込んでいるのか。
すぐ傍には、こんなに愛しい慈郎が居るのに。


「…地球にやさしくって、人間のエゴだと思う。」

「…うん。」

「地球って、ホントはすっげー強いの。弱いのは人間。」

「うん。」

「地球はいくら汚したって、隕石が落ちたって、酸素や空気がなくなったって。今までずーっと生きてきたんだぜ?」

「そうだね。」

「……それで生きられなくなるのは、オレら人間の方だろぃ?」

「……うん。」


ブン太の言葉を慈郎はひとつひとつ消化して、ひとつひとつ頷いた。


「…丸井くん、こわいの?」

「…ジローがいれば、こわくないよ。」

「丸井くん…。…オレも。」


いつか死んでしまうのは、オレらの方。
地球はこれから先も長い長い間生き続けるだろう。
あと何年。
二人は一緒に居られるだろう…。
人に、永遠なんて存在しない。

慈郎はそっと手を延ばし、ブン太の手に優しく触れた。


「丸井くん、おれ、丸井くんのこと、大好きだよ。」

「…ジロー」


あったかい、手。
空はだんだん赤くなっていく。
日が、沈んでいく。
時間が経っていく。


「オレ達、生きてるんだな…。」

「うん。」

「オレ達って、地球にしてみればちっさいよな…。」

「うん。」


ブン太はぎゅ、と慈郎の手を握り返すと、真面目な顔でこう言った。


「でもさ、オレらの愛は、でっかいよな!」


キラキラした瞳で力強く言ったブン太に、慈郎は未だかつてないくらいに酔いしれた。
なんで丸井くんってこんなにかっちょAーんだよちきしょう。
慈郎も負けないくらい瞳をキラキラさせてブン太に向かってうん!と大きく頷いた。


「丸井くん!すき!」

「オレも!ジローすき!」


お互いに好き好き言い合って。
固い表情は笑顔になった。


「おれ命ある限りずっと丸井くんに恋してると思う。」

「…オレも、ずっとジローに恋してるんだろうなぁ…。」


二人はニッと悪戯めいた笑みを浮かべると、お互い思ったことを口にした。


「「なんだ両想いじゃん!」」


ハモった言葉がコートに響いて。
なんだか面白くて楽しくて、二人はケラケラ笑い転げてはしゃぎ回った。
日はすっかりと落ちて、空の色はだんだん赤みを失い、紫から青、そして暗闇へと変化していった。


「楽しい!丸井くん!帰りたくない!」

「オレだって、帰りたくない。」

「でも明日学校だC〜。」

「…だな。帰るか。」

「うん。」


テニスラケットをしまい荷物を手にしたら、空いている方の手は相手の手と繋ぐ。
街灯が照らすのは、手を繋いだ二人の姿。

「丸井くん、地球だったら良かった?」


地球は強いんだよ。
ちょっとやそっとじゃ死なないし。
大きくてすごいんだよ。
丸井くんは地球になりたいのかな?

慈郎が問う。


「……それは、嫌だ。」


ブン太が答えた。
だけどさ、とブン太は続ける。
確かに地球はすごい。
地球と比べればオレらなんてホントちっぽけな存在だ。
だけど…。


「オレが地球になったら、ジローと恋愛できねぇだろぃ?」


真っすぐな瞳で語るブン太に、やっぱり慈郎は惚れ直した。
繋いだ手をぎゅっと強く握り直して、なんて素敵な恋人だろうと慈郎は思った。


「早く死んでも、その一生が幸せだったらいいと思う。短い間でもジローと過ごせたらオレは幸せだし。」


命が短いからこそ、そんな一瞬一瞬が、大切だと思える。


「そうだね、丸井くん。おれもおんなじ気持ちだよ。」


丸井くんが地球だったら、こうして手を繋いで隣で一緒に歩くことだってできないし。
もう暗くなってしまった夜空を見上げながら、二人は寄り添った。
こんな時間が、瞬間が愛しいと感じる。

気付くと二人はもう駅の改札口にたどり着いていた。
もう、別れなければ。


「……。」

「着いたぞ、ジロー。」

「…うん。」


二人の手は、ゆっくりと離れていった。
名残惜しいのは、二人共いっしょ。

永遠なんて、ない。
ずっとなんて、無理な話。

だけど、だからこそ。
愛しくて、大切な時間がある。


「また、な?ジロー。」

「うん!また、ね?」


絶対、また。
いつか終わる、なんて思いたくない。
また、会えると信じて。
短い時間の中で、二人は恋をする。


地球は長い間生きてきた。
人間の命は短い。
でも地球は恋することができない。
人間は恋をする。


だから、ひとは、生きている間。
精一杯ひとを好きになって、愛して、恋するのかもしれない。

オレも、ずっとジローに恋してる。
ジローも、オレに恋してる。


ああ、だからか。

ブン太は思った。



神様は地球にはない素晴らしい感情をオレらに与えてくれたんだな、と。



「神様なんて、信じちゃいないけど。」










命短し恋せよオレら

 

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