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□冬
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「寒……」
そう呟いたらしい彼女は、両手を口元に当て、『はぁ…』と息を吐いた。
その指先はもちろんのこと、鼻先も頬も赤く染まっている様子を見ると、今日は随分と冷え込んでいるようだ。
「なあシャフト、あの子寒そうだな」
「そっすね、今日は今年一番の冷え込みらしいですよ」
珍しく、カフェなんぞで温かいコーヒーを啜りながら窓の外を眺めていた二人が、言葉を交わす。
雪でも降ってきそうな色の空を見上げるシャフト。
一方、その正面に座っているグラハムは、未だに少女に熱い視線を注いでいた。
立っている場所から察するに、どうやら彼女はバスを待っているようだ。
「………いいなあ」
「は?」
何の脈絡も無く呟かれたグラハムの言葉に、シャフトは怪訝そうに眉をひそめる。
「いいなあ……、俺もあの子に手をはぁーって暖めてもらいたい……」
「……何バカ言ってんすか……」
うっとりとした表情でそう呟いた自分の上司に、シャフトは頭痛を覚えた。
こめかみを押さえながら盛大な溜息を漏らしてしまう。
「お前じゃない、俺はあの子にはぁーって暖めてもらいたいんだ」
「今のは溜息です。変な勘違いしないでください」
ぬるくなって飲みやすくなったコーヒーに砂糖を追加しながら、シャフトがツッコミを入れる。
一方のグラハムは、空になったカップを両手で包むように持ち、未だに窓の外をうっとりと眺めていた。
心ここにあらず、と言った様子だ。
「それからグラハムさん、先に言っておきますけど。
……知らない人に、いきなりそんな事言ったら駄目ですよ?
確実に変な人だと思われますから」
シャフトがグラハムを諭すように、真剣な表情で忠告する。
舎弟からアドバイスを受けた彼は、視線を久しぶりに店内へと戻すと、目からウロコだとでも言いたげな表情で大きく頷いた。
「そうか……!!
ありがとうシャフト、何事もきちんと言わないと伝わらないもんな!よし、」
「え!?……グラハムさんすみません、話が見えないんすけど」
何故か嬉しそうなグラハムの様子を不審に思ったシャフトが口を挟む。
「あの子に言ってくる、『俺の手を暖めて下さい』って。勿論、ちゃんと丁寧な言葉で言うから安心しろ!
そうか……、確かに言わなければ何も伝わらないし始まらないな!
感動した、俺は猛烈に感動したぞシャフト!
彼女とお付き合いできる事になった暁には、お前にもきちんと紹介してやるから喜べ!」
どこをどう聞き間違えたのか。
(人の話全然聞いてねえ……)
ツッコミを入れる気すら起こらずに呆然とするシャフト。
そんな彼に伝票を押し付けると、グラハムは意気揚々と外へ駆け出していった。
シャフトは再び盛大に溜息をついて、落ち込んだグラハムをどう慰めるか思案し始めるのだった。