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□風
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―――びゅう。

二人の間を、突如として強い風が吹き抜ける。

シャフトの着ているシャツがバタバタと音をたてて暴れ、グラハムの作業着の襟元も揺れた。

そして、グラハムは表情をハッとさせたかと思うと、その青白い顔を一瞬で真っ赤に染めた。

「……グラハムさん、急にどうしたんすか?」

そんな彼を横目でチラリと見ると、溜息混じりのシャフトが呆れたようにたずねた。

するとグラハムは両手で自分の頭を抱え込みながら、思い詰めたような口調で言い始める。

「いや……今少し、考え事をしていて……それで……」

「えっと……それは楽しい話ですか?」

言葉選びは慎重に。

グラハムから面倒な話を引き出すと、シャフトは痛い目に遭うことが多いのだ。

「楽しい……、確かに楽しい話ではあるが……考えようによっちゃ非常に悲しい話だ……」

「そうですかそれは大変ですね、せいぜい」

何だか面倒そうな話だと結論付けたシャフトが、その話題を断ち切ろうとした。

しかし、彼の言葉を遮るようにしてグラハムは勝手に話を続けてしまう。

「あの子の事を……俺は今考えていたんだ。そしたら突然!突然強い風が吹くもんだから!!!」

「……あの子じゃ、………あー、あの子ですか」

『あの子じゃ分かりません』、そう返そうかと思ったところで、一人の少女がシャフトの脳裏に浮かぶ。

最近グラハムが熱を上げている少女。

ここ何日間かは四六時中、彼女に対するグラハムの熱い思いを聞かされ続けているのだ。

「で、強い風が吹いてグラハムさんは何を思ったんですか……」

もうヤケクソだ、とでも言いたげな様子で、シャフトは面倒臭そうにたずねた。

するとグラハムの口から言葉が溢れ出す。テンションもうなぎ上り、右肩上がり。

「……もしもこれから先、あの子と二人きりで歩く機会があったとして!
 今みたいな強い風が吹いて!そして……あの子のスカートが捲れて下着が見えてしまったとして!!
 ……シャフト、俺は一体どういう表情をすればいいんだ……?」

「あんたの想像力はどんだけ逞しいんですか……」

シャフトのツッコミを無視して、グラハムは言葉を続ける。

「笑い飛ばした方がいいのか!?それとも、深刻そうな顔をして慰めの言葉をかけるべきなのか!?
 ……どうだシャフト、これは考えようによっては嬉しい話にも悲しい話にもなるとは思わないか!?」

そしてグラハムは突然その場にバタリと倒れ込むと、頭を抱えたままゴロゴロと道を転げ回り始める。

どうやら彼は、苦悩のあまり周りが見えなくなっているらしい。

「あーもう……」

どんな言葉をかければ、この男は立ち直るのだろう。

シャフトは呆れながら、道行く人々の冷たい視線に耐えていた。

そして、悩めるグラハムが相変わらず道を転げ回っていると、やがて一人の通行人の足に衝突してしまう。

「ひゃっ!」

「………ん……?」

通行人の少女の声でようやく我に返ったグラハムが顔をあげると、そこは少女のスカートの中。

「あ、グラハムさん……その人……!!」

シャフトの呟きで、グラハムはようやく自分の衝突した相手が誰であるかを悟る。

目の前の、自分の愛する少女の足に抱き付くと、高いテンションのまま感情に任せて喋り始めた。

「……嬉しい!嬉しい話を」

「いやあーーーーっ!!」

しかし、スカートの中を覗かれた少女は大きな悲鳴をあげると、足元の男を思い切り蹴飛ばした。



*



「ぐ、グラハムさん……」

今世紀最大級の落ち込みっぷりを見せる自分の上司に、シャフトは恐る恐ると言った様子で声をかける。

「………………」

やはり黙り込んだままのグラハムを可哀想に思い、少しでも元気付けてやろうと思ったのだろう。

シャフトはゴクリと唾を飲み込むと、勇気を出して口を開いた。

「……何色でした?」

しかしそんな優しい彼の冗談は今のグラハムに通用するわけも無い。

優しいシャフトは、しばしの間グラハムにレンチでブン殴られる事となるのであった。



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