Cake

□Chocolate Cake
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Since there’s no help, come let us kiss and part―――

「もう、仕方が無いんだ―――」

そう言った時のお前の笑顔が、忘れられない。
向日葵のような明るい顔ではない、静かな微笑。
あんなに朗らかに満面の笑みを湛えていた筈のお前は、
誰よりも美しく、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。



「お前の好きにしろよ」



そう呟いた言葉は力なく、僕の足元に落ちていく。
思い残す事はないと清らかな顔で笑う。
満足そうな笑み。
差し出された手をそっと握ると、振り返りもせずに歩き出す。

そう、元に戻るだけだ。
今とは違う昔の状態に戻るだけだ。
愛しさも、切なさも、心苦しさも。
嫉妬も、感傷も、熱情さえも無い、元の関係に。
ただ、誰よりも心を知る友人に戻るだけだ。

目の前を歩いているお前を、数歩後ろで見守る。
ふわふわと揺れる髪。
すらりと伸びた手足は白く、
大股で歩いていく姿に思わず口角を上げた。

愛しさが募る。
いや、親愛の情と言うべきなのだろうか。

僕達の「恋」は、今終わりを告げようとしている。
まるで死を前にして喘いでいるかのような、小さな灯火。
脈拍は弱まり、「情熱」も次第に沈黙するだろう。
「信義」もこの臨終の床の傍で跪き、
「純情」も病人の眼を閉ざしてやろうとしている。

そう、この熱は「恋」ではない。
友人に対する親愛の情、…の筈だ。







目の前を歩く彼女の肩が僅かに震える。
空を仰ぎ見ながら歩を早める姿に、思わず眉を顰める。
微かに聞こえる彼女の声。
それは、堪えるようにささやかなもので。
けれど聞き間違いではない証が、彼女の足元に落ちていく。

思わず、後ろからその細い腰に手を回す。
逃げようとするその腕を押さえ、俯く顔を自分に向けた。



予想通りの顔。
見たいと願ったその顔が、目の前にある。
耐えるような、憤るような、けれど何よりも美しい顔。
何者からも見放された筈の病人が、彼女のその顔だけで生き返る事が出来ると告げる。
愛しい、愛しい、愛しい、愛しいと、何度も何度も心が騒いだ。

目の前の顔に、ゆっくりと微笑む。
何よりもお前が安心するだろう顔を、見せる。
だから、どうか。
どうか、答えてくれないか。
そう願いながら、ゆっくりとその白い耳に囁いた。

























「もし、悠理にその気があるのなら、今すぐにでもこの感情は生き返るんですけどね…?」





―――そう、元からお前を愛しいと思う感情は…消えていないのだから。



終。

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