Cake

□Cake Of The Heart
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冬休みも目の前に迫っていたある日。
有閑メンバーは、菊正宗邸で恒例の定期考査合宿を行っていた。
テーブルの上に広げられた無数の参考書と問題集。
長い長い溜息を吐きながら黙々と問題集に向かうその姿勢はあまりにも悲壮なもので。
小説越しに眺めていたその様子に、清四郎は喉の奥で笑った。

「あーーーー、もうヤだっ!!!」

不意に怒声に近い声が響く。
見れば、一人別課題を与えられていた悠理が机の上に突っ伏していた。
ベッドの上に下ろしていた腰を上げると、悠理の背中越しに問題集を眺めた。

「まだ終わってないじゃないですか」

呆れたように悠理に言えば、見上げるきつい瞳。
口を尖らせたまま、犬のように唸り声を上げる。

「そんな顔をしても無駄ですよ。まだまだノルマは遠いですからね。
机に突っ伏している暇があるなら、一問でも多く解く!」
「いーやーだっ!!!もうどんだけやってると思ってるんだよっ!
これ以上、頭の中になんか入るかっ!」

そう言ってバタバタと手足をばたつかせる悠理に、清四郎は大きく息を吐き出した。

「清四郎、一度休憩を入れた方が良いようですわ。可憐も美童も音を上げているようですから」

野梨子の声にテーブルへと目を向ければ、机に向かう悠理と同じように
テーブルの上に突っ伏したまま動かない美童と可憐の姿が見えた。

「清四郎、ちょ〜っとで良いからさ…休憩…しない?」
「そうよぉ、ずっと勉強してるんだから少しくらいは休まないと入るものも入らないわよぉ」

恨めしそうに自分を見据える瞳に、清四郎は深く溜息を吐く。
彼らの面倒を見ていた野梨子もどうやら疲れているようだ。
清四郎は諦めたように手を肩を竦めると、喜んで立ち上がる姿が見えた。

「では、私の家でお茶にしましょうか。美童、可憐、手伝って下さいな」

そう言うと野梨子は足早に部屋を後にする。
美童と可憐も、その後に続くように部屋を後にした。

「あー、あたいも行くっ!」

バタバタと机の上の菓子をかき集めると、悠理も三人の後に続こうとしたけれど、
掴まれた腕は勢いよく引かれ、また机の前へと戻された。

「何すんだよっ!」
「悠理は駄目です。まだノルマが終わっていないでしょう」

見上げていた顔は、清四郎の手によって目の前の問題集へと向けられる。
トンと背中を押されたかと思うと清四郎はまたベッドへと戻り、小説に目を向けた。

「なっ、何であたいは駄目で美童と可憐は良いんだよ!」

くるりと清四郎の方へと向き直り、悠理は噛み付く。
そんな悠理の様子を一瞥すると、清四郎はまた小説へと視線を戻した。

「あの二人は今日のノルマはこなしていましたからね。お茶にしたいのならば、
悠理も早く終わらせるんですね」
「後でやるから良いじゃんか」
「そう言って悠理がやった例はありません」
「今日はやるって」
「嘘ですな」
「やるって言ってんだろ!」

そう言うと、悠理はベッドの上の清四郎に背を向け部屋を出て行こうとする。
けれど、そんな悠理の行動を読んでいたのか、清四郎は悠理よりも素早く動くと、
部屋のドアにその背を預けた。

「何すんだよ!」
「出たければ終わらせてしまうんですね」
「だから後でやるって言ってんだろ!」
「やらないのが分かっているから言ってるんです」

今にも掴みかかりそうな悠理の手を払い除けると、彼女の身体を反転させる。
向けられた背に手を添えると、そのままトンと軽く押した。
けれど、悠理は机に戻るのではなく、再び清四郎へと身体を向ける。
自分を連れ戻そうとする手を払い除けると、そのまま清四郎の胸の中に飛び込んだ。

「へーんだっ!こんだけ近けりゃ何にも出来ないだろー!!!」

勝ち誇ったように告げる悠理。
その顔はとても自信に満ちていて、清四郎は軽い眩暈を覚えた。

「悠理…」

思わず呟いた声に、悠理は顔を傾げる。

「何だよ?」

返す言葉はあまりに近く、悠理が話しただけでその息遣いが感じられる。
あまりに無防備なその態度に、清四郎は眩暈どころか頭痛すら起こりそうだった。
清四郎の所在無げな手が、空を掴む。
悠理の腕を掴もうにもその身体はあまりに近く、思うようにいかない。
仕方なくその腰に手を回そうとも思ったけれど、悠理の細く白い身体を閉じ込めて、
平気でいられるとも思わなかった。

目の前の肩に項垂れるように顔を埋める。

「せ、せぇしろ!?」

肩に掛かる清四郎の吐息に漸く事態を把握したのか、悠理の顔はみるみるうちに紅く色づいていく。

「え、えっと…清四郎…ちゃん?」

おそるおそる自分の名を口にする悠理に思わず噴出しそうになる。
自分でこの状況を招いておいて、それでいて照れるとは…。
あまりにおかしい悠理の態度に、清四郎は笑いを堪える事が出来なかった。
クツクツという笑いが口の中から零れ落ちる。
震える肩を抑える為ようと悠理の腰を取り、笑みを深くした。
ぴくり、と悠理の身体が強張る。
けれど清四郎はそんな悠理に更に笑みを深くした。



柔らかな悠理の身体は、触れただけでも何よりも甘い菓子のように感じられた。



終。

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