Cake

□The Roll Cake Of The Strawberry
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手を伸ばせば届く腕。
隣を向けばすました顔。
少し笑いながら答える声。

いつも隣にいて、
どれだけ守ってくれてるか。

分かってる、うん、分かってるんだ。

だから、たまには。

…たまには、さ。






























部室の扉を開けたら、部屋の中には清四郎一人きりだった。
ソファーに身体を預けたまま動かないところを見ると、
どうやら、珍しく寝入っているらしい。
悠理は音を立てずに彼の方へと歩いていく。

目の前にあるのは、すっかり寝入った顔。
瞼はきちんと閉ざされ、整った寝息だけが聞こえる。
乱れた箇所など無い、完璧な寝姿。
それがあまりにも清四郎らしくて、悠理は小さく笑った。

さっきまで読んでいたのだろう、ソファーの上には一冊の医学書。
読んでいる最中に寝入ってしまったのか、広げられた状態のままソファーの上に転がっている。
悠理は清四郎を起こさないように医学書に手を伸ばした。
重さに負けてか、本と閉じた時に思いがけず大きな音がする。
慌てて清四郎の方を向いて見れば、清四郎は先程と変わらず静かな寝息を立てていた。
安堵の溜息が零れる。
本をテーブルの上に置き、静かに清四郎の側に寄る。
俯いた顔を下から覗けば、少し眉間に皺を寄せて眠る顔。
小難しい顔をして、腕を組んで眠る姿はどこか幼くて。
堪えきれない笑みが喉の奥から込み上げてくる。
声を立てそうになる口を自分の手で塞ぎ、どうにか堪える。
それでも耐え切れない笑みは次から次へと溢れてきて。
悠理は静かに息を吐き出した。
気分を落ち着けようと、何度も深呼吸を繰り返す。
繰り返しているうちに、ふと、自分の呼吸と清四郎の呼吸が同じである事に気付いた。

息を吸う。
息を吐く。
同じタイミングで繰り返される清四郎の呼吸。
性格も何もかもが正反対なのに、繰り返される呼吸は同じで。
何故だか、悠理はくすぐったさを感じた。

起こさないように、清四郎の腕に手を伸ばす。
自分のものよりも大きくて、しっかりとした清四郎の手。
合わせた指の先から、清四郎の温もりが伝わってくる。
いつも感じていたけれど、恥ずかしくて感じない振りをしていた。
何でもない振りをしていた温もりが、今はすぐ側で感じる事が出来た。





「ごめんな、清四郎」





ぽつりと呟く。
合わせた手に少し力を込めて握る。
きゅっと音がしそうな程に握れば、清四郎の温もりを更に感じる事が出来た。

いつも隣にいて、いつも助けられる。
何かあっても、絶対に助けてくれるって信じている。
だからこそ、そんな清四郎が側にいるからこそ、どんな無茶でも出来ると思っていた。
けれど、こうして無防備に寝ている姿を見ると、どれだけ自分が無謀だったかを思い知る。
何でも出来る清四郎とは言え、1人の生身の人間である事には変わりない。
悠理が無茶をすれば、それが無茶にならないようにと画策するのも一苦労かも知れなかった。

「お前に、無茶させてるよな…ごめんな」

呟く言葉はとても弱々しくて。
けれど、それでも清四郎を見据える瞳の力は変わらない。

「だけど、…だけどな、お前が側にいてくれるから無茶が出来るんだ」

握っていた清四郎の手に、悠理は自分の頬を寄せる。

「お前が、大好きなお前が側にいてくれるから…どんなことでも出来るんだ」

そう、静かに呟いた。






























「それなら、少しは見返りが欲しいものですな」

不意に、頭の上から声がした。
驚いて見上げようとするものの、視界は闇に閉ざされる。
それが、清四郎の手によるものだと悠理が気づいたのは数秒後の事だった。

「お、起きてたのかっ!?」
「寝ていましたよ、悠理が来るまではね」
「起きてたんじゃないか!」
「起こされたんですよ」

清四郎の言葉に、悠理の頬は一気に赤くなる。
寝ていると思っていたからこそ言えた言葉は全て筒抜けで。
らしくない自分の行動がばれていた事も、恥ずかしくて仕方なかった。

「せ、清四郎なんかだいっ嫌いだっ!」

精一杯の虚勢で叫ぶけれど、耳に届くのはくすくすと笑う声。
その声にムッとして頬を膨らませれば、頬を掠める温かさを感じた。
そのまま、清四郎の腕の中に引き寄せられる。
閉じ込められたその腕の中は少し苦しくて。
けれど、いつもよりも早い清四郎の鼓動が悠理の心を温かくした。





いつも隣にいるからこそ、たまには素直に。
素直に、言っても…良いかも知れない。








「お前、心臓うるさい」
「…誰のせいですか」




終。

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