Cake

□Mousse Cake
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腕に感じていた重みが薄れ、不意に目が覚めた。
重い瞼を押し開け窓を見れば、明け方にはまだ遠く。
暗い闇のカーテンは、未だ厚く空を覆っていた。

右腕に、軽い痺れが走る。
ピリピリとした鈍い痛みが腕を苛む。
けれど不快感は全く無く、それどころか心地好ささえ感じていた。

眉が訝しげに顰められる。
痛みとは別の苛立ちが、胸を責め立てる。
清四郎には分かっていた。
その苛立ちが、不意に腕に与えられた解放感からのものだと。
感じていた重みと温かさは腕を離れ、辺りを見回すけれど、
その欠片すらも残っていなかった。

気配は感じなかった。
彼女が腕の中を抜け出すような素振りがあれば、
すぐに気づく自信が清四郎の中には存在していた。
けれど、事実彼女は自分の腕の中から姿を消し、
残された清四郎は身体も心も、凍えるほどに冷たくなっていく。

「…どこに、行ったんでしょうねぇ」

むくれたような清四郎の声。
手近にあったパジャマに袖を通すと、そのままベッドから抜け出した。





その時だった。





静かな寝息が、聞こえる。
同時に、何よりも幸せそうな彼女の声。
それが自分が降りようとしたのと反対の側から聞こえた。
まさか、という確信めいた予感が清四郎の頭に過る。
床につこうとしていた足をベッドの上に戻し、そのまま反対側へ顔を向けた。

すぅ、すぅ、すぅ…。

規則正しい寝息の音。
けれどそんな彼女の様子は、とても規則正しいとは言えないものだった。

白い身体は男物のシャツに隠されてはいるものの、
生まれつきの寝相の悪さの為か、その白く細い足は隠しきれていない。
腕にはしっかりと大きな枕が抱き締められているが、どうやら何かと勘違いしているらしい。
枕に埋められた顔は口がもごもごと動き、何かを食べているように見えた。
時折、「んまーい」などという寝言が聞こえるものだから、清四郎は呆れたように笑みを零した。



「悠理」

声を掛けるけれど、悠理の目は一向に開く様子は無い。
それどころか、もごもごと口を動かし続けるばかりだった。
あまりにも悠理らしいその様子に清四郎は一つ溜息を吐き出すと、悠理の身体を拾い上げた。
抱きかかえた悠理の身体は冷たくなっていて、清四郎はベッドの上に静かに横たえると、
悠理の足元で丸まっていた毛布を引き上げた。
悠理に毛布を被せると、そのまま自分の腕の中に抱きすくめる。
そのまま自分と悠理に布団を被せると、今度は抜け出せないように右手で腰を捉え、
左手でしっかりと包み込んだ。

心地好い重みと温もりを感じる。
胸の辺りからは、聞きなれた規則正しい寝息が聞こえた。
鼻腔を擽るかのような、柔らかな香り。
そっと頬に唇を宛てると、言いようのない甘さを感じた。

白い腕を掴み、手首に指を当てる。
とくん、とくん、とくん、と悠理の鼓動を感じた。



五感全てで悠理を感じる。
それがどれだけ幸福な事か。
清四郎は再び訪れ始めた微睡みの中で考えていた。



終。

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