Cake

□Cassis Cake
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目の前にあるのは彼女の顔。
手が伸ばしきれない程近くにある彼女の鼻を、きゅっと摘む。
突然の僕の行動に驚いたのか、一瞬の間の後、彼女はきつく僕を睨み付けた。
そんな彼女にクスクスと声を漏らす。
そんな僕の様子に不満だったのか、膨らんだ頬はより大きくなり、
目の前の瞳の輝きは、より強さを増していく。










―――そんな様子すら愛らしいのだと告げたら。










彼女は、…悠理はどう思うのだろう?






























頬を膨らませたまま、悠理は清四郎から顔を背けた。

ささやかな抵抗だった。

悠理の身体は身動きの取れない状況にあった。
今日は特別な日。
悠理と清四郎にとって、かけがえのない特別な日。
だからだろうか、清四郎は悠理を自分の側から片時も離しはしなかった。
今も清四郎の膝の上に座らせられ、更には大きな手が自分の腰に回されている。
立とうとすれば、「どこに行くんですか?」と不満の声。
普段では有り得ない清四郎の様子に初めのうちは戸惑っていたものの、
数時間後にはすっかり諦めてしまっていた。

けれど。…今は違う。

明らかに悪いのは清四郎だった。
膝の上に拘束され、他のものを見る事も許してもらえない悠理は、
目の前にある清四郎の顔をジッと眺めていた。

整った顔立ち。
すっと通った鼻筋に、意地の悪い唇。
黒い瞳は何もかも見透かしているかのように力強く、悠理の顔は渋いものに変わった。
どれだけ、この瞳に苛められただろうか。
どれだけ、この薄い唇で貶されただろうか。
それでも、嫌う事は出来なかった。
意地悪な唇も、腹の立つ黒い瞳も、全てが愛しくて仕方なかった。

ジッと、目の前の顔を見つめる。
ありったけの愛しさを込めて、今日という日に感謝を込めて見つめていた。



そんな時だった。



不意に、鼻と鼻が触れそうな程に近くなる。
柔らかな笑みを湛えた後、細められたその瞳から、清四郎の思惑が読み取れた。
悠理は困ったように苦笑すると、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、
その瞳をゆっくりと閉じた。

瞬間、鼻先に痛みが走る。
きゅっと摘まれたような鈍い違和感に目を開けば、意地悪く笑う顔。
何も言葉は無いけれど、雄弁な目が語っている。










―――何を期待していたんですか?………と。










「いい加減、機嫌を直しませんか?」

困ったような清四郎の言葉に悠理はその顔を見つめると、再び顔を背けた。
膨らんだ頬は更に大きくなり、今にも破裂しそうだ。

「だから、僕が悪かったと言ってるでしょう?」

あまりにも強情な恋人に、呆れたような清四郎の言葉。
けれどその清四郎の言葉が更に悠理の神経を逆撫でしていく。

「どうやって見ればソレが謝ってる態度に見えんだよ!」
「きちんと謝っているでしょ?」
「ンな態度のでかい謝り方があるかーー!!!」

あまりにも高圧的な恋人の態度に、悠理は膝の上でバタバタと暴れる。
しかし、振り上げた拳は器用にかわされ、そのまま奪い取られてしまう。
捕まれた腕を引かれ、更に身体は近づいていく。
視線は交わり、互いの鼻先がコツンとぶつかった。



「悠理」



清四郎が自分の名を呟く。
言葉と共に吐き出された息が、口元を優しく温めた。



「…何だよ」



清四郎の吐く息を吸い、言葉を繋ぐ。



「悠理」



清四郎が口元に掛かった息を吸い、また言葉を繋いだ。

息が掛かる程に近い距離。
そこにあるのは新しい空気ではなく、互いの吐息。
甘く、温かなその息を吸っては互いに言葉を繋ぐ。

交わされた視線に、どちらともなく声を上げる。
目の前にある端正な顔が自分と同じように歪む。
それがどれ程に嬉しくて、どれ程に当たり前の事なのか。





―――これからも側にいる。





何でもない当然な事だけれど、それが一生続いていく事が嬉しかった。





目の前にある顔に手を伸ばすと、どちらともなく二人は当たり前のように顔を寄せた。


終。

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