―――僕と婚約して下さい。




















耳がおかしくなったのかと思った。


































きりっと搾り上げたような寒さが、身体を包む。
逃げるように部室を飛び出したせいか、薄らと額に汗が滲んでいた。
ひやりとした冷たい風が、時折強く吹いては額の汗を攫っていく。










おかしくなったのかと思った。
耳に届いた言葉があまりに信じられなくて、悠理は思わず問い直した。
けれど、そんな悠理の言葉を気にする様子も無く、清四郎はさらっと言ってのけた。
捕まれた腕は火のように熱く、意識が混乱していく。

「お前ッ、自分が何言ってるのか分かってんのかよ!」
「分かってますよ、『悠理と結婚したい』って言ってるんです」

問い直す言葉への返しは、とても冷静なもので。
その顔に浮かぶ微笑ですら、崩れる事は無い。
グラグラと頭の中で清四郎の言葉が回る。
聞き間違いのようなその言葉を紡ぐ目の前の顔は、酷く真剣で。
けれど湛えられた微笑は、意地悪なものに感じられて。
悠理はどうして良いか分からず、気が付いた時には部室を飛び出していた。

吸い付くような寒さが、腕を撫でる。
包み込むような寒さは冷たい筈なのに、それでも熱く感じられた。
慌てふためく心を落ち着けようと、大きく息を吸う。
ゆっくりと吐き出した息は白く、空中へと霧散していった。
瞬間、凍りついたような寒さが身体中を駆け巡る。
ぶるりと身体を震わせると、一気に熱が引いていくのを感じる。



「風邪を引きますよ」



不意に、投げられる声。
その声に身体中に緊張が走る。
古木の皮のように固まった身体に、柔らかな重みが増す。

「自分のコートを忘れるなんて、…本当に馬鹿ですな」

そう言ってくすくすと笑う清四郎に、思わず悠理は安堵の息を漏らした。





けれど。





「だからこそ、目が離せないんですけどね」

耳元で紡がれた言葉に、身体は石のように硬直した。
そんな悠理の様子に、清四郎の笑みは更に深みを増していく。
ポンと頭に乗せられた手の温かさが強張った身体に広がっていく。

「いつまでも遊んでないで、帰りますよ。今日は迎えが無いんでしょう?
お前を一人にしておいては危険ですから、家まで送りますよ」

寒さに冷えた手を取ると、清四郎はそのまま自分のコートへと引き入れる。
自分の手を包む大きなその手に悠理は隣にある顔を仰ぎ見ると、いつも通りの微笑。
意地悪なその顔を恐る恐る眺めたけれど、瞳は優しげに細められていて。
いつもとは異なるその表情に、思わず頬が熱くなるのを感じた。

「どうかしたんですか?」
「べ、別に、何でもないやいっ!」

わざと問う清四郎に、精一杯の虚勢で答える。
くすくすと楽しげに笑う清四郎の顔。
そんな顔に悠理は頬を膨らませると、コートから手を引き抜き大きく振った。



手のひらの温もりはあまりにも温かくて、どこか居心地の悪さを感じた。



続く。





++++++++++++++++++++++++++++++++
アトガキ

こんばんは、皆様。
駄犬シリーズ別Ver第二弾でございますっ!
前回、悠理クンにプロポーズをした清四郎君。
何事も無かったかのように悠理の後を追いかけてきております。
そう、さも当然の如く(爆)

うーん、一体全体…清四郎は何を考えてるんでしょうか?(聞くなって)

素材提供 「■□glaze□■」様


[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ