オレから一つ頼み事。
いや、願い事っていう方が正しいかもしれない。


「なぁ」
「何ですか?」


飲み掛けのコーヒーカップをソーサーに置いた。
肘を突いて手を組んで、目の前に座る彼女の目を見る。



「オレのために髪を伸ばしてくれる気はありませんか?」



一瞬驚いた顔をして、それからゆっくり深呼吸を一つ。


「どうして?」


肩の当たりで切り揃えられた髪。
どちらかといえば多分短い方だと思う。

オレは確かにそれも好きだけど。


理由はたった一つ。


「やっぱり式の時は上げて欲しいなぁと」


そんな小さな願い事に、未来の約束を潜ませて。
手を伸ばして彼女の毛先に触れた。
さらりと流れる夜色。
ぼんやりと彼女の姿が浮かぶ。


「それはずっと一緒に居てもいい、と?」


躊躇いがちに小さく呟いた。


「一緒に居てくれますか?」


居てもいい。

いや、居て欲しい。


「あなたのためなら喜んで」


そう言ってくれた彼女の笑顔をオレは忘れないだろう。





時を知らせる風





彼女の黒髪が風に煽られた時。
オレの隣できっと彼女は笑ってくれている。





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