Novel Oshitari×Atobe

□opacity
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何時か知れてしまう事だ。
言わなくてはいけないと解っていた。
なのにいざ言おうと思うと、言葉が喉に引っ掛かって出てこない。
元々卒業したら実家に戻る約束だった。
俺もそれは了承していたし、今更東京の高校へ通いたいとも言えない。
それ以前に許しては貰えないだろう。
帰る事に問題は無い。
解っていた事だし、そのつもりでいたから。
問題があるとすれば、俺がまだ卒業と同時に大阪へ帰る事を誰にも言えていない事だろう。
なまじ氷帝はエスカレーターで上に上がる奴が大半で、受験らしい受験もないため、皆一様にそのまま高等部へ上がるものだと思っているのか、誰も進路について話さないし聞かない。
だからこそ余計に切り出し辛いのだが…。
まだ跡部にさえ話せていない事が、俺には酷く心苦しく思えた。
怒るだろうか?
いや、泣くかな?
問答無用で殴られたりして…。
そう考えていると、タイミングが掴めなくて、どんどん先延ばしにして行くうちに年は明けてしまい、タイムリミットが刻々と迫っていた。



最近忍足に避けられているんじゃないかという気がする。
気がすると言うのは、確証がないと言う事だ。
前は用も無いのにしょっちゅう会いに来たが、今は用がある時だけになった。
けれど下校時間は何時も待っていて、別段変わった事もなく一緒に帰る。
忙しいだけなんだろうと思わないでもないが、何かすっきりしない。
そう言えばこの間、忍足は実家に用があるとかで一週間くらい学校を休んだ。
何をしに帰っていたのか聞いてみたが、あまり詳しくは教えてくれなかった。
今までこんな隠し事染みたハッキリしない返事をした事がなかっただけに、何かがおかしい気がした。
たまに何かを言おうとして、ためらう事もある。
何度か聞き返した事もあるが、今はもう聞き返すのを止めた。
深く考えたら怖くなった。
俺は感情的だし、我尽だとも思う。
忍足が何も言わない優しさに甘えっ放しだっ自覚もある。
でもだからって…。
もう少し猶予をくれても良いんじゃないだろうか。
言ってくれたら自重したし、多少直す努力だってしただろう。
考えれば考える程、忍足が躊っている話が『別れ話』なのではないかと思えて仕方が無い。
心当たりが多いだけに、強く聞き出せない。
そんな自分が情けなくて、どちらとも無く距離を置いてしまっているのかもしれなかった。



放課後。
部活はもう引退したが、跡部は生徒会の細々した引き継ぎがまだ色々あるみたいで、遅くなる事が多かった。
俺は参考書を開いて待つ事が日課になっていた。
暖房の切れた教室は寒い。
俺はマフラーを巻き直した。
時計を見直し、参考書を鞄に入れる。
そろそろ跡部が戻って来る頃だ。
参考書なんか見られたら、変に思われる。
いっそその方が良いのかもしれないが…。
「忍足。待たせたな」
いきなり跡部に声を掛けられ驚いたが、俺は普段通りを心掛ける。
「もうえぇんか?」
立ち上がると跡部に笑みを向ける。
あぁと頷く跡部の表情に陰りがあると感じるのは俺の気のせいだろうか。
「なんや疲れとるみたいやけど、どないしたん? 悩み事やったら相談のるで?」
跡部はそんなんじゃないと小さく首を振る。
そんな簡単に話してくれるような奴ではないと解っているが、溜め込むのはあまり関心しない。
「無理しなや。辛い時は俺もおんねんから、少しは頼れや」
解ったとだけ言う跡部だが、意地っ張りな跡部が甘えたりしないのは解っている。
それでも跡部の逃げ道になればと思う。
こうして側にいてやれるのもあと少しだから。



忍足は変わらず優しい。
俺のちょっとした変化にも敏感に気付き、どうしたのかと尋ねてくれる。
その優しさが今は身に染みて痛い。
別れたくないと駄々をこねれば、もしかしたら忍足は思い止どまってくれるかもしれない。
でも自分にそんなみっともない事ができるかと考えた時、答は『否』だ。
今まで何度も諦めと失望を淡々と味わって来た。
聞き分けの良い子であれと言われて来た結果かもしれない。
いざ大切なモノを失うかもしれないという事実の前で、俺は足踏みしかできないでいる。
「ほんましんどそうやけど、大丈夫なんか? 今日は迎え呼んで帰った方がえぇんちゃうか?」
考え込んでいたら、忍足が心配そうに俺を見ていた。
余程深刻な顔をしていたようだ。
「最近夢見が悪くて寝不足なだけだから、心配いらねぇよ。明日は休みだししっかり休む」
俺は苦笑いを忍足に見せた。
毎晩怖くて仕方が無い。
何時言われるんだろうかと。
心の準備だけはしておこうと思うのに、考えただけで涙が止まらないんだ。
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