Novel Oshitari×Atobe

□The delicate feelings
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 すでに俺のことなどどうでもいいと思っているくせにと、心の中で毒づきながら投げやりに言う。
 すると跡部の体を拘束していた腕が解かれたかと思うと、両肩をぐいっと掴まれて向き合う格好となる。
「なんだよ」
 なんとか涙は止まったが、涙で汚れた顔を見られたくないと思った跡部は俯いたまま。
 それと忍足の視線をまともに受け止められないと思った。
「跡部は関係あらへんって思うてるんかもしれへんけどな、俺にはそのどうでもええことでも跡部のことやったら全部気になんねん。好きやから……、大好きな人やから」
 思いがけない忍足の言葉に自分の耳を疑った。
 言われた直後は嬉しくて仕方がなかったのだが、ならば合宿に来てからというもの、跡部にまったく触れてこなかったのはどういうことだろうという疑惑に苛まされる。
 練習中や誰かがいる所で過剰にスキンシップを取るのは皆には内緒の交際の為、お互い暗黙の了解として接触は避けてきた。だから今更そんなことに文句を付ける気は毛頭ない。
 だが、折角夜は二人きりになれたのだ。そんなときくらいそれまで触れられなかった分、触れてきたっていいし、怒るつもりはない。
 もしかして、昼間の厳しい練習で疲れ果ててしまい、跡部といちゃつく体力も残ってないとでもいうのだろうか。
 確かに通常学校で行っている練習量より合宿での練習量は多いので必然的にいつもより疲労は大きいだろうが、だからといって合宿前の部屋割り発表のときの忍足は跡部と同室になれたことをとても喜んでいたから、その程度のことで跡部を避けてしまうとは考えにくかった。
 付き合い始めの頃ならいざ知らず、今では体を繋げあう関係だ。二人きりの空間において、今更遠慮する事もないだろう。
「信じられねぇよ」
 止まっていた涙が再び溢れ、頬を伝い真っ白なシーツへと落ちた。
「跡部……」
 忍足がその涙に気が付かないわけはなかった。
「そんなこと言って、本当は俺のことなんてなんとも思ってないんだろ」
 そう言う間にも涙はどんどん溢れてシーツに染みを作っていく。
 深い溜息を吐いた忍足。
「なんでそういう風に思うたん? 教えて」
「そんなこと、自分で考えろよ」
 理由を言うなんて馬鹿馬鹿しいと思った跡部は突き放すように言い放った。
「告白したんは俺の方からやで。女でも跡部に告白するんは命知らずやって言われてんのに、男が跡部に告白するってどんだけ勇気がいったと思うとんねん。ただの遊びや好奇心なんかで手を出せる相手とちゃうで? それでも俺の言うことは嘘やっていうて信じてくれへんの?」



 忍足の言うように、跡部はその容姿、成績は優秀、テニスの腕前は抜群で、派手なパフォーマンス好きで、大金持ちの一人息子という女子にもてる殆どすべての条件を満たしていたため、多くの女子を虜にしていた。
 そんな跡部だったから、さぞかし告白されまくりで、女には困らない状態だったかと思いきや、意外に少なかったりする。
 跡部が高嶺の花過ぎて、皆後込みしてしまうのか直接告白してくる女子は皆が思う程多くはないのだ。
 そして、当の跡部は恋愛に興味はあるのだが、大して知りもしない人と付き合うよりは、今は大好きなテニスに時間を費やしたいと思っているために、忍足と関係を持つまでに誰とも付き合ったことがなかったのだ。
 そんな跡部がなぜ忍足の気持ちを受け入れたのか、跡部自身よくわからないでいた。
 好きだと言われて、驚きのあまり何も言えずにいると、ごめんと忍足が寂しそうな笑みを浮かべて。
 そんな痛々しい作り笑いは見たことがなく、今でもその時の忍足の笑みを忘れられない。
 ごめんと言われても尚、何も反応がないため忍足はそれを自分の気持ちを受け入れてもらえないと判断したのか、『さっき言ったことは忘れて……』と、あからさまな作り笑顔をにっこりと浮かべ、跡部をこれ以上不安がらせない為かその場を去ろうと跡部に背を向ける。
 そこで跡部は何を思ったのか、去ろうとする忍足の腕を咄嗟に掴んでいた。
「……何?」
 ゆっくりと跡部の方に顔を向けた忍足は驚きを隠せないといった表情をしていた。
「あ……」
 跡部が引き止めておきながら、考えるよりも体が先に動いてしまった状態で、何を忍足に伝えたいが為に引き止めてしまったのか脳が追い付かずに何も言えないまま、二人向き合った状態で暫く沈黙が流れる。
「跡部?」
 このまま二人押し黙ったままだと埒があかないとでも思ったのだろうか、忍足が口を開いた。
「あ、ごめん……」
 掴んだままだった腕を慌てて離したが、忍足が言いたかったのはそんなことではかった。
「そんな風に引き止められたら期待してしまうやん……」
 その一言になぜか顔が火照ってしまう。
「顔、赤うなってる……」
 跡部の意外な反応にふわりと笑みを零す忍足に、先程までの痛々しさはなく跡部はその様子に安堵した。
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