Novel Oshitari×Atobe

□The delicate feelings
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「驚いた……けど、嫌じゃなかった……」
 未だ自分の気持ちを整理しきれてはいなかったが、今の心情を忍足に伝えなければいけないと思って言った言葉がそれだった。
「……それは俺の気持ちを受け入れてくれるってこと?」
 恐る恐る尋ねる忍足。
「わかんねぇ……。付き合ったりとか、したことねぇから……」
 言いながらその経験のなさに我ながら恥ずかしくなって俯いた。
「そやったな、それやったら友達から始めよっか」
「友達?」
 忍足の言う意味が掴めずに聞き返した。
「そや、手始めに毎日一緒に帰ろ?」
 そう言われてはじめて、二人きりで下校したことがないことを思い出し、それくらいならと頷くと、心から嬉しそうな笑みを見せる忍足につられて跡部も笑った。




 それが二人の付き合う切っ掛けだった。
 友達から恋人になるのは思ったより時間はかからず、気が付けば跡部も忍足のことを好きだと思うようになっていた。
 忍足から告白されなかったら跡部は忍足のことを好きになっていたのだろうか?
 そんな過ぎたことをあれこれ考えてみても過去が変わるわけでない。
 だから跡部は過去を振り返るのがあまり好きではなかったが、今はそんな初々しい思い出に浸らずにはいられなかった。



「あの頃は好きだったかもしれないけど……。今は、俺のことなんて好きじゃないんだろ? 飽きたんだろ?」
 友達からと言われて、一緒に下校した日々が一月過ぎた頃。
 別れ際にキスがしたいと忍足にせがまれた。
 とても言い難そうに切り出した忍足。
 言われて驚いたものの、友達付き合いの切っ掛けは好きだと言われたからだと思い出した。
 いいと言えば、跡部がまさか素直にキスを許してくれるとは思っていなかったのか一瞬驚いた忍足だった。
 いいと言ったのに再度確認をするものだから、恥ずかしくなってそんなに何度も確認するならしないと困らせたものだった。
 キス一つするのにもそんな調子だった。
 忍足としか付き合ったことがないので他と比べようがないが、それでも忍足に大切にされているという自覚はあった。
 それが合宿が始まった途端シカトでもしているみたいに関わりをもとうとしないのだ。
 忍足のことが信じられなくなっても仕方がないと思うのは跡部の勘違いであろうはずがない。



「飽きたやなんて……、そんなこと思うてへんで? どっちかっていうと前よりも好きになってもうて困っとるくらいやのに……」
「そんな調子のいいこと言ったって、信じられねぇって言ってるだろ」
 以前よりも好きだと言われてみても、ここ数日の行動はその発言とはまったく正反対のものばかりで、そう簡単に忍足の言う事を鵜呑みにはできない。
「なぁ、どうしたら信じてくれるん? 何か俺、跡部の気に障るようなことしてしもうたんやろ? せやったら言うて? 直すし、謝るし」
 これ以上はお手上げだと言わんばかりに深い溜息を吐く忍足。
 再び二人の間に思い沈黙が流れる。
 このまま二人押し黙っていても仕方がないと、理由を言わないと決め込んでいた跡部だったが、やっとの思いで口を開いた。
「何かしたんじゃなくて、何もしない……、から……」
「え? ……何もせえへんから?」
 忍足は跡部の突然の説明に驚きを隠せない様子で、跡部は忍足の問いに僅かに頷くのがやっとだった。
「……して欲しかったんや?」
「バ……ッカ! 違っ!」
 跡部の言いたかった意味と忍足が解釈した意味が違うことに焦って訂正する跡部の様子にふっと笑みを零す忍足。
「笑ってんじゃねぇよ!」
「ごめんごめん!」
 謝る忍足だったが、その表情はどこか嬉しそうで。
 二人の間には張り詰めていた緊張感で満たされていたのに、いつの間にやら穏やかな空間へと変わっていた。
「俺が触らへんかったから寂しゅうて泣いてもうたんや? ほんま可愛えなぁ」
「はぁ? 誰がそんなことを言った?!」
 忍足の推測にほぼ間違いはなかったのだが、改めて言葉にして直接言われると恥ずかしくて罵倒してしまう。
「なにが違うん? せやったら本当のことを教えてや」
「……嫌われたと思った」
 そう言って、忍足が触れてこなくなった理由をまだ聞いていないことを思い出して顔を曇らせてしまう。
「さっきも言うたけど、跡部のことめっちゃ好きやで。俺が跡部のことを嫌いになるやなんてどんなことがあってもありえへん話やわ」
 そう言いきる忍足だったが、跡部は顔を曇らせたままだ。
「じゃ、ここに来て、俺のことを避けていたのはどう説明するつもりだよ」
 ここまで話してしまったのだ。やはり問い詰めるべきだろうと腹を括り、この合宿中に散々悩んでいた思いを打ち明けた。
「え?! あぁ……」
 一瞬驚きに目を見開いた忍足だったが、すぐさま罰の悪そうな表情へと変わる。
 その変化を跡部が見逃すわけがない。
「なんだよ、その反応……」
 跡部が期待していた反応とはまるで反対のものだった。
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