Novel Oshitari×Atobe

□The delicate feelings
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 意気消沈な跡部の様子に慌てる忍足。
「あー、ちゃうって」
「言い訳なんて聞きたくない」
 これ以上忍足と話すことなどないとでも言わんばかりに忍足から離れようとした瞬間、忍足に制止されてしまう。
「ちょ、ちゃんと聞いてや」
「なんだよ」
 跡部が渋々忍足の方に再び向き合う。
「ほんまは恥ずかしゅうてこんなこと言いたないんやけど……」
「なんだよ……」
 言い辛そうにする忍足に跡部が先を促がす。
「同じ部屋やって決まったときはめっちゃ嬉しかってん。目的はテニス部の合宿やけど、初めての外泊やん?」
 初めての外泊という響きに思わずドキドキと鼓動が早くなる跡部。
 跡部は忍足が一人で住むマンションに何回か泊まりに行ったことがあるので初めての外泊というわけではなかったので、今の今まで忍足のようにそこまで深く合宿での宿泊の意味を考えてはいなかったのだ。
「俺って跡部のこととなると我慢がきかへんっていうか……、ほどほどにしとくっちゅう加減ができひんっていうか、まぁ……その……」
 言いよどむ忍足に、何が言いたいのかわからない跡部は怪訝な表情を浮かべる。
「せやから……、少しでも触れてしもうたら、触れるだけでは我慢できずに、めちゃくちゃにしとうなってしまいそうやったから……」
「なっ、何考えてんだよ」
 めちゃくちゃにしたいだなんて言われたことのない跡部は、忍足からのとんでもない願望に思わず赤面してしまう。

 

 忍足と跡部は一応体を繋げる間柄。
 跡部と忍足は同性同士、跡部はお付き合いするのは初めてということもあって、実はその行為はそんなにしたことがなかった。
 そして忍足がそんな跡部の体を気遣って、無理強いをしたり、激しく跡部を抱くようなことはなかった。
 そんなことは当の跡部は知る由もなかったのだが。



「せやろ?」
 ドキドキと高鳴る鼓動を悟られないように平静さを装えば、忍足は跡部の意見に同意をするではないか。
 跡部は忍足の意見に異を唱えたのだ。
 意味がわからないと露骨に顔を歪ませると、それを察した忍足が先を続ける。
「跡部はそうでもないみたいやけど、俺の家以外で泊りは初めてやん? それに三日間も同じ部屋で夜を過ごすんやで。ちょっと恥ずかしいんやけど、自分でもびっくりするくらいめっちゃ嬉しゅうて……。って跡部ひいてへん?」
「……え? あ、別に」
 忍足がこの合宿を楽しみにしていたのは知っていたが、これほどまでだったとは知らなかった。
 まるで遠足や修学旅行を随分前から楽しみにしている小学生のようだ。
 普段は学校絡みの行事にはあまり興味関心をみせない忍足だが、跡部が関わること限定ではあるが、周りの中学生に比べて大人びている忍足も、まだまだ中学生らしい部分を持ち合わせているのだと思うと跡部は妙に嬉しかった。
「ほんでな、二人きりやん。抱き締めたり、キスしたりで止められたらええねんけど、ちょっと我慢できる自信がなくってな。で、毎日日中はあの練習量やろ? うっかりやってしもうて次の日支障が出るのは跡部の方や。それで跡部に迷惑掛けるんはあかんと思うて。変な気起こさへんように跡部には触れんとこうと決めたんや。これで誤解は解けたやろうか?」
「うん、まぁ」
 どことなくすっきりした表情の忍足。
 跡部のことを考えて、触れることを我慢していた忍足ではあったが、結果的に跡部を泣かせてしまったのだ。少なからず忍足もこのことについて罪悪感を持っていたのだろう。
「せやったら、俺が跡部のこと大好きやって言うたこと、信じてくれる?」
「あぁ」
 先程のやりとりで、忍足の気持ちを頑なに信じなかったことをまだ根にもっているのだろうか、信じていると頷く跡部に安堵したのか笑みを浮かべる忍足。
「ほな誤解も解けたことやし、もう寝られるやろ?」
「あー、うん……」
 そう言って、子どもをあやすかのように髪の毛を乱雑に撫でてくる忍足に、物足りなさを覚えた跡部は、無意識に物欲しげな視線を忍足に向けてしまっていた。
「……何?」
 求めるような熱い視線を一度は見なかったことにしようとした忍足だったが、好きで好きで堪らない跡部からのそんな視線を無視することなど到底できるはずもなかった。
「何って? 何でもねぇけど……」
 跡部自身は、そんな目で忍足を見つめているという自覚がまったくなかったため、何を問われているのかわからずにいる。
「そんな目で見んといてや。我慢できひんようになるやん」
「そんな目って……?」
「そんなとろんとした目で見つめんといてやって言うてんの。それとも誘っとんの?」
 そこまで言われてやっと意味がわかり、はっとする跡部を見てクスクスと笑う忍足。
「無意識やってんなぁ」
 面白いものでも見たという風に、しみじみと呟く忍足に跡部は反論することができずにいた。
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