Novel Oshitari×Atobe

□The delicate feelings
1ページ/9ページ

 暗闇の中、肌馴染みの薄い毛布を手繰り寄せ、今日何度目かの寝返りをうつ。
 今日から三泊四日の予定でレギュラー、準レギュラー参加の氷帝テニス部の春休み合宿なのである。
 今日はその合宿初日で、朝早く学校に集合して午前中は合宿地までの移動に費やし、午後は昼食をとった後は空がオレンジ色に染まる頃までみっちりと練習が行われた。
 移動疲れと、いつも以上に厳しい練習内容に体は疲労でクタクタで、ベッドに入ればすぐにでも寝付けそうな状態であるはずなのに、未だ寝付けないのには理由があった。
 今回の合宿の部屋割りは榊監督を除いて、皆二人部屋なのだが、跡部と同室の相手は付き合い始めて半年ちょっとの忍足侑士だった。
 部屋割りは学年別に自由に決めてよいとのことだったので、二年生である跡部達の学年は多数決の結果、くじ引きで決める事となった。
 なので、跡部や忍足が二人一緒に居たいからといって、同室になったわけではなかった。




 ――まるで運命の赤い糸で結ばれているかのようやな。

 くじ引き後、跡部と忍足が同室だとわかった後、忍足が跡部の耳元に人目を忍ぶようにこっそりとそう囁いた。
 浮かれている忍足を尻目に、甘い台詞を耳元で囁かれた跡部はこんなに都合の良い結果など有り得るはずがないと、忍足が跡部と同室になりたいが為に何かズルでもしたのではないかと疑ってしまい、素直に喜べないでいた。
 そんな跡部の心情を知ってか知らずか、忍足は嬉しさを隠すことなく、ニコニコしているのに反して、跡部はその結果が不満だとでも言うかの如く眉間に皺を寄せて腕組みをして部屋割りが張り出された掲示板を眺めていた。
「俺と一緒は嫌なん?」
「……あーん?」
 思いがけない言葉に、相変わらず腕組みをしたまま視線だけ忍足へと向ける。
「てめぇ、何かしただろ」
「は? 何かってどういう意味やねん」
 わからないと言う忍足に呆れたように大袈裟に溜息を吐いてみせる。
「こんな……、一緒の部屋になれるなんて都合のいい話あるわけないだろ」
 そう言うと、跡部も忍足と同じ部屋になれて嬉しいと言っているような気がしてしまい、恥ずかしくなって忍足から視線を反らした。
「それは俺が跡部と一緒の部屋になれるように細工でもしたんかって疑ってんの?」
 そんなことを言われるとは心外だと言わんばかりの忍足に、納得のいかない跡部はチラッと忍足を見やる。
「……違うのかよ」
「俺をなんやと思うてるん、そんなことしてへんよ。跡部と一緒の部屋になりたいとは思うとったけどな」
 跡部のこととなると、どんな困難も乗り越えてみせると日頃から豪語する忍足のことだからてっきり汚い手を使って跡部との相部屋を狙ってくると思った跡部は予想が外れてしまい、無駄な心労を使ってしまったせいか、一気に緊張が解ける。
「なぁ、跡部は?」
「……え?」
 本当は忍足の聞いたことはわかっていた。
 ――跡部も忍足と同室になりたいと思っていたか否か。
 答えはもちろんイエスで、跡部もできることなら忍足と同じ部屋になれるといいと思っていた。
 だが、そんなことを恋愛初心者の跡部が素直に言えるはずもなく、答えるのをはぐらかすかのように思わず聞き返してしまったのだった。
「なんか顔赤いで?」
 言葉で伝えられなくても、既に顔に出てしまっていたらしい。
「跡部も俺と一緒の部屋がええって思うてくれてたんやね?」
「ばーか……」
 今更違うと言ってみたところで、嘘だとバレバレで。
 否定することも、頷くこともできずにただ頬を赤く染めて、忍足にそんな顔を見られないように俯いて悪態をつくことしかできなかった。






 そんなやりとりが合宿一週間前の出来事。
 忍足も跡部と同室の合宿を楽しみにしていたはずなのだが……。
 行きのバスでは隣同士にはなれず、午後の練習も一緒には行えず。
 夕飯は食堂で皆ととり、二人きりになれたのは夕食後各自に割り与えられた部屋なのだが、一向に忍足が跡部に触れてこなかったのだ。
 確かに二人の交際は男同士ということもあって秘密の付き合いだった。
 学校でも極力接触を避け、いちゃつけるのは鍵をしめた部室や忍足の一人暮らしの家でのみ。
 そんな付き合いだったから、久々に二人きりになれた今夜は忍足がうざいくらいにスキンシップをとってくるものとばかり思っていたのに一向に触れてこないのだ。
 そして現在ベッドで一人、忍足が触れてこなかったことへの不安でいっぱいで眠りにつけないでいたのだ。
 だが、矢張り合宿初日ということで疲れていたのだろう。いつの間にか睡魔が勝ったようで、眠りについていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ